5、夏休み前半

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図書室で八島先輩と勉強をすると、とてつもなくやる気が出てどんどん課題が片付いていった。 驚くほどにはかどる! わからないところがあればすぐに先輩が教えてくれた。どの教科のどんなに難しい問題でもすぐに説明してくれる。 「綾瀬くんの理解力が高いんだよ」なんて褒めてくれるけど、そんなことはない。先輩の教え方が上手いんだ。相当頭がいいんだろうなと思う。 高校からハナノミチに入ってくるのはかなり難しいって聞く。 それに、先輩は学年でたった一人の特待生だし、そのうえ、生徒会のメンバーだ。 もしかすると、2年生では兄の次くらいに成績優秀なのかもしれない。 でも、だとしたら先輩に変な虫が寄り付いてもおかしくないはずなのに、学校では前園先輩といるとき以外はいつも一人だった。 ハナノミチの生徒なら、すぐに八島先輩に取り入るに決まってるのに。 考えてみる。 一年生はそもそも二年生と関わる機会はないから難しいけど、二年生なら先輩に絡みたい放題だ。三年生も先輩としての力を行使すればいけると思う。 それでも、八島先輩はいつも一人ぼっちだった。学校の中庭から先輩の教室を何回も覗いたことがあるからこれは確かだ。 しかも、避けられているように見えたこともある。 高校からの入学で交友関係の少ない八島先輩は、ほかの勢力から牽制のために孤立させられていてもおかしくない。 これはただの僕の憶測に過ぎないけれど、だとしたら可哀想すぎる。 でも、自分から先輩にこの話題を振るのは気が引けてしまい、頭の片隅にずっとあったが聞けないでいた。 そうこうしているうちに下校時刻になった。 帰る準備を始めたところで僕は紙袋を八島先輩に渡す。 「今日はありがとうございました。これ、よかったらもらってください」 先輩は紙袋を受け取ると、開けていいか確認してから袋を開けた。 先輩が息をのむ。 「ハーバリウムだ!すごくきれい。昨日もたくさんの種類を見たけど、これはそれの何倍もきれいに見えるよ。5つの色の層にどれも違う花が入っているんだね。幻想的、情熱的、かと思えば優しく包み込むような部分もあってずっと見てられる。本当にこれをもらってもいいの?」 先輩の声がすごく嬉しそうで、顔も口角がとても上がっている。 その笑顔と言葉だけで、僕は大きな幸福感で満たされた。 「ぜひ、もらってください!今日だけじゃなくてこれからも勉強を教わると思うのでそのお礼と言ってはなんですけど。」 「すごく嬉しい!大切にするね。 もしかして、これ綾瀬くんが作った…?市販のよりも何倍も素敵だし。このセンスは絶対そうだよね。私、綾瀬くんの絵の大ファンだから…」 その発言に驚いて、マスクの上から口元を押さえた。 見ただけで僕が作ったってわかってくれるとは思わなかった。 それに絵の大ファンだって言ってくれた。 思わず顔がにやけてしまう。 「まさか、気付いてもらえるなんて思ってなくて驚いちゃいました」 「やっぱり、綾瀬くんのだったんだね!わざわざ作ってくれたなんて、本当にすごく嬉しい。ありがとう」 「あ、それ裏にスイッチが付いてて、ライトアップもできるんですよ」 「ほんとだ!すごい、すごい!」 無邪気に声を上げながら、ハーバリウムを見つめる先輩。 徹夜して作った甲斐があった。 「ずっと大切にする。ありがとう」 先輩の眩しい笑顔。 やっぱり笑顔が一番似合う。 先輩には1秒でも長く笑っていて欲しい。 この笑顔を守るためだったら、僕は何だってする。
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