6、合宿

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勉強会も毎日のようにやっていて、ほとんど先輩と顔を合わせていた。 本当に幸せだった。 そしていよいよ明日から3泊4日の合宿がスタートする。 荷物の最終確認をしてベッドに横になった。 目を閉じるけれど楽しみすぎて眠れない。 先輩のことを考えるだけで胸がそわそわして、全身を合宿への期待感が駆け巡っていった。 いまだに八島先輩のことを頭に思い浮かべるだけで、僕は幸せな夢でも見ているように心がふわふわとして、それと同時に緊張にもよく似た苦しさに襲われるのだった。 この感覚は日に日に慣れるどころか、エスカレートしていって、僕は八島先輩のことを考えだすとそれ以外のことは、たとえ大好きな絵のことでさえも、手につかないほど夢中になってしまうのだった。 それでもいつの間にか眠っていたみたいだ。 アラームの音で目が覚めた。 かなり眠い。大きく伸びをしてからスマホのスヌーズを解除すると、LINEが来ていることに気づいた。 しかも八島先輩からだ! 眠気なんて初めからなかったかのように、一気に吹き飛んでいく。 『おはよう!いよいよ合宿の日だね〜!ちゃんと起きられたかな?』 すぐに返信する。 『おはようございます!なんとか起きました!楽しみですね!』 朝からとんでもなく大きな元気をチャージできた。 一階に降りて雨戸を開けると外は小雨がぱらついていた。 向こうは晴れていたらいいなと思いながら、服を着替えて、顔を洗い、髪の毛をセットする。 朝ごはんを食べていよいよ出発だ。 一応、家族には合宿ということを伝えてある。みんな興味なさそうだったけど。 実は、まだ父親には赤点のことは言ってない。言ったら合宿に参加できないと思う。だから、成績のことを聞かれないように、あえて忙しそうなときに承諾書を書いてもらって、費用を払ってもらった。 兄にもご飯の準備ができないと言っておいた。 きっと僕が用意しなかったら、4日間何も食べないんじゃないかって心配になる。 駅の改札の前で待ち合わせてある。 八島先輩とはほとんど同じタイミングで着いた。 今日も私服姿が眩しい。スキニーのジーンズに白のシャツでシンプルな格好。それをきれいに着こなせるのは、先輩の美しさがあってこそのものだと思う。 そして先輩から聞いた話だと、案の定、綾瀬先生は遅刻して来るらしい。 これから宿まで約4時間かけて電車と列車を乗り継いで行くけど、その間は二人っきりだ。 電車に乗り込み、網棚の上に大きな荷物を乗せて二人で横並びに座った。 電車の中は少し混んでいて、いつもよりも先輩と密着している。その状況に始めは緊張していたものの、いつもどおり楽しく話しているうちにだんだんとリラックしてきて気がついたときには眠ってしまっていた。 やはり昨日寝るのが遅かったせいで疲れが溜まっていたようだ。 目が覚めると僕は思いきり先輩の肩にもたれかかっていた。 「すみません!」 急いで離れながら謝った。 しかし先輩はさほど気にしていないのか、ほのぼのとした雰囲気で話してくれる。 「全然大丈夫だよ。肩貸すの慣れてるから。むしろ借りる方が慣れてないかも。ほら、私って背が高いでしょ。だからいつも貸す方なんだ。だから綾瀬くんも遠慮なくどうぞ」 「いやいや、そういうわけにはいきませんよ。先輩こそ、疲れたときは僕の肩使ってください!嫌じゃなければですけど…。ほら、僕の方が少し背が高いですし。ぜひ!」 え?え?自分なに言ってんの?と喋りながら焦り始める。もしも、そうなったら、僕、心臓が持たない。電車で死ぬ。 頭がぐるぐるしている僕に、先輩は笑いかけてくれる。 「ありがとう。眠くなったら…借りるかも…?あ、次で乗り換えだよ。荷物下ろそうか」 え、借りるかも?聞き間違いかと疑いながら荷物を下ろす。 やばい。 心の準備しておこう。 そこから電車を乗り継ぎ、最寄りの駅に着いた。その間は、電車が混んでいて、座れなかったために、肩貸しイベントは発生しなかった。残念な気持ちと、安心する気持ちが混ざっていたけど、駅の外に出た瞬間、それも一瞬で忘れるくらい目の前の風景にテンションが上がってきた。 視界一杯に連なる山々。緑が生い茂り、夏の力強さを感じる。 それに、東京よりも、断然涼しい。空気がとても澄んでいる。マスクを取ってポケットにしまい、空気を胸いっぱいに吸い込んだ。 いよいよ、合宿なんだと心が躍った。
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