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式が終わり、一人でトボトボと講堂から教室に戻る。
しかし、本当に嫌な時間はここから始まる。
僕の周りに人が集まってきた。
そのうちの一人に肩を叩かれる。
「ほんとにすごいよ」
誰だろう。中等部のときに一緒のクラスだった人のような気がする。でも、正直なところ忘れたし、どうでもよかった。
周りには性別学年問わず一気に生徒が押し寄せてきて、廊下で身動きが取れなくなってしまう。
まるで、ゾンビの中に放り込まれた人間みたいだった。そのくらいの勢いで人が押し寄せる。
押しつぶされて、手に持っていた僕の賞状が折れた。みんなそんなことには気づかず、笑顔で口々に称賛の声をあげた。
この褒め言葉が僕に向けられたものだったらよかったのに。そうじゃない。
「すごいよ。君のお兄さんは」
兄さん「は」
その言葉が頭にこだまする。
右から、左から、前から、後ろから、兄を褒め称える言葉が絶えず聞こえてくる。
兄への賞賛が一つ聞こえるごとに、僕への嘲罵が頭の中で湧いていった。
もう何も聞きたくない。今すぐ目の前の奴らをなぎ倒してでも逃げ出したい。その気持ちを押し殺して、僕はマスクの下に笑顔を作って対応した。
「兄さんに伝えておきますね」
何人に話しかけられたのかわからない。
ロビーに出たところで、やっと人が少なくなり始めた。
息苦しさから少しだけ開放される。
そんな時に、背後から特徴的な声に話しかけられた。
すぐに校長だとわかった。
とびきりの愛想笑いを作って対応する。
校長はいきなり肩に手を置いてきた。重みから不快感が広がっていったけれど、顔に出さないように気をつける。
校長は顔の皺を歪ませて笑った。
「やっぱり、奏くんはすごいね」
その言葉を聞くと、どんなに取り繕っても、顔がひきつってしまう。
代わりに、声を張って誤魔化した。
「はい、兄のことは尊敬しています」
「家に帰ったら、奏くんに、この調子で頑張ってくださいと伝えておいてね。もちろん校長が言っていたって言うんだよ」
校長の笑顔は本当に胡散臭くて汚い。
「はい、伝えておきますね」
「あと、学校にも来るように言っておいてくれないかな。彼はここの研究所、いや、日本を、そして世界を担う逸材なんだから」
「わかりました」
校長は下品な笑い声をあげて、太った体を揺らしながら行ってしまった。
『世界を担う逸材』
兄のことをみんなそう称える。
兄は、世界的に名を轟かせるハナノミチ研究所の所長になるという未来が約束されている。
兄の頭脳と才能があれば、親から譲り受けた地位だとしても、誰も文句を言わない。
そして、僕の通う高校はハナノミチ研究所の持つ学校だ。生徒のほとんどが将来はハナノミチ研究所の傘下である企業や研究職に就く。
だから、この研究所や系列校の誰もが、自分の将来のために、兄に媚を売る。
それが、嘘じゃなくて本心で言っているから怖い。洗脳に近い感じがする。
でも、兄は媚びへつらうタイプの人間が一番嫌いだった。
なのにみんな兄に好かれようと思って、褒めている。僕を使ってまで兄に媚びて馬鹿みたいだった。
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