6、合宿

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お風呂を済ませてから、天体観測の準備で望遠鏡やレジャーシートなどの必要なものを車に積んだ。民宿から車で5分ほど揺られて、高台についた。 車を降りて空を見ると、思わず、はっと息を飲んだ。 星の数が桁違いだ。 こんなにも、夜空には星が輝いていたのかと感心する。 東京の夜空は見えても一等星くらいで、いや、最近は一等星も霞んできているというのに。 頭上の星では、一等星とそれ以外の区別もつかないほど、すべての星が光を放っていた。 「先輩、僕、天文学部に入れて幸せです」 僕が言うと、先輩は安心したような顔で優しく微笑んだ。空を見上げる先輩の目の中にも星が光っている。 「すごく綺麗だよね。あ、あれが天の川だよ」 天の川なんて、肉眼で初めて見た。 本当にあったんだ。いや、あるのはもちろん知っていたけど、僕にはお伽話と同レベルくらいの感覚だったから、本当に見ると感動する。 先輩が夏の大三角から展開して、いろいろな星座を教えてくれた。どれも一緒に勉強した星座だ。それが頭上一面に光り輝いていた。 先生も空を見上げている。 「でも、やっぱり雲があるねー。見れてもあと1時間かそこらかな。望遠鏡組み立てて、少し見たら終わっちゃうかも」 その言葉に先輩はうなずく。 「そうですね。今日は、練習みたいな感じで、明日しっかり見ましょう。じゃあ綾瀬くん、この前の部活のときみたいに、望遠鏡を組み立ててみよう」 「はい!」 車から荷物を下ろして望遠鏡を組み立てる。 北極星の位置と合わせて星を追えるようにした。 望遠鏡の準備が終わったときには、雲が空の三分の一ほどを覆い、月のすぐ下まで来ていた。 「せっかくの星空も、雲に塗りつぶされたら意味がないね」 先生がつまらなそうに言う。でも、先輩は首を横に振った。 「そんなことないですよ。 『天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ』ってあるじゃないですか。今、まさにその状況なんです」 さすがの一言につきる。うちの学校は理系がメインで古典が苦手な人結構いるのに、先輩ときたらなんでもできる。 まあ、僕は全教科微妙だからなんの和歌なのかちんぷんかんぷんだけど、美しいってことはわかった。というか、先輩の口から紡ぎ出される言葉ならなんでも美しい。 僕が感想を言う前に先生が口を開いた。 「…ああ、それ…。大空の海に雲の波が立って、月の舟が星々の林の中に隠れるのが見えるってやつだよね」 先生が知ってるなんてたまげた。なんか、勝手に古典とか苦手だろうなって思っていたのに。でも、びっくりしたのは僕だけじゃなくて、先輩も同じみたいだった。 「先生が知ってるなんて意外すぎて、びっくりなんてもんじゃないですよ。文系アレルギーだってよく言ってるのに」 「…昔に聞いたんだ。だからたまたま知ってた」 「先生が覚えてるなんて意外な感じがします。もしかして、教えてくれたの好きな人だったんですか?」 ちょっと、茶化して聞いてみたら、意外にも先生は真面目な顔をしていて、逆にこっちが動揺してしまった。 「いやね、好きな人ってよりかは、大切な人のうちの一人かな」 そう言って先生は寂しそうに笑った。まるで別人のように凛とした顔だった。
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