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3泊4日はあっという間に過ぎてしまった。
駅までおばあさんに送ってもらって電車に乗り込む。二席ずつ向かい合ったテーブルのあるところに座る。
窓の外ではヒロトくんが手を振ってくれていた。笑顔で送り出してくれる。とても名残惜しい。もっとここにいたかった。それでも手を振ると、やがて電車が動き出す。二人の姿は見えなくなり、自然の風景だけが流れていくのだった。
楽しい時間はとても早く過ぎていく。
でも、思い返してみれば、ちゃんとたくさんの思い出が詰まっていて、とても濃い時間だった。
いろいろな思い出が頭の中に蘇る。
肩を貸してドキドキした行きの電車。
盛り上がったトランプ。
前園先輩と話したビデオ通話。
危ない運転に冷や冷やした大内宿のトマトと奢り。
バーベキューにスイカ割りに花火は本当に楽しかった。スイカ割りが特に。
眠れない夜もあったけど、先生と話して心の整理ができた。
そして、この合宿のメインである天体観測は感動がいっぱいだった。光り輝く星たちが僕の心を照らして、いや、僕の心を照らしてくれたのは八島先輩だけど。幸せなひとときだった。
どんなに楽しいことにも終わりが来てしまうなんて虚しい。
それでもその分、思い出が温めてくれるとポジティブに捉えることにする。
「いやあ、それにしても八島さんめっちゃ怪力だったよね。意外だったなぁ」
電車がトンネルに入ったところで、僕の隣に座っていた先生が先輩の怪力いじりを始める。スイカ割りの後から何かといじり倒していた。
「だから、違いますって!もう、そんなに言われたらそろそろ怒りますよ」
目の前に座っている先輩がムッとする。
「八島さんってどんなふうに怒るの?見てみたいかも」
また先生が適当なこと言ってるけど、僕も同意。
だって、先輩に怒られてみたいし。
「先生!もう、助けて綾瀬くん」
「僕も先輩が怒るところ見てみたいです」
「綾瀬くんまで…。もう、私拗ねました。ふて寝します。おやすみなさい」
「ごめんなさい、ごめんなさい!僕、もっと先輩と喋りたいんで寝ないでください。ほら、先生も謝って!」
先生の肩を叩くと、先生は「え、うん」って、しょうがないから謝ってやるかみたいな感じで言った。
「ごめんね〜。でも、おれは事実を言っただけなんだけど」
「一言余計です」
横から先生の胸にツッコミを入れると、先輩は笑ってそれを見ていた。
「なんだか、機嫌直りました。二人を見てるとおもしろくて、なんか元気になります」
先輩の生きる活力を与えられるなら、いくらでも、先生を叩こう。
そこから先は三人でひたすらに思い出を語った。
最後の乗り換えで、最寄駅の路線になる。
僕は、無意識のうちにマスクを取り出してつけていた。
車内は並びの二席が空いていて、先生が僕と先輩を座らせてくれた。この車両は他に空きの席が無いので、先生は別車両に行くという。
「じゃあ、ここで解散みたいなもんかな。家に帰るまでが合宿だから…」
そう言って先生は自分の言葉を鼻で笑ってから続けた。
「気をつけて帰ってね。じゃ、また今度」
さようならと言って別れる。
先輩と二人きり。
でも、合宿前よりも緊張しない気がする。
確実にこの合宿で距離が縮まったんだと思う。
「綾瀬くん」
先輩が控えめに僕の名前を呼んだ。
「なんですか?」
僕が聞くと先輩はためらいがちに言うのだった。
「…肩、借りてもいい?」
上目遣いで言われる。
あ、死んだ。だから、先輩、事前に可愛いことしますよって言ってくれないと、僕は耐え切れませんって。
まさか、肩貸しイベがここで発生するとは思わなかった。
「もちろん、どうぞ!」
明るく答えたけど、心臓はバクバクしていてかなりやばい。
先輩はありがとうと言って、安心したように微笑んだ。
コトンと首を傾けて、僕にもたれかかる先輩。
右肩に重みが伝わってもっと心拍数が上がる。音が聞こえないかと心配になるけど、そう思えば思うほど、鼓動が早くなる。
でも、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
寝てる。無防備な姿にキュンとしてしまう。
ジャンプーも僕と同じ香りがするから、なんか、余計にヤバい。
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