7、夏休み後半

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夏休みも最終週に入った。 その日、僕は乱暴なノックの音で目が覚めた。 無愛想に僕の名前を呼んでいるのは父親だ。 飛び起きてドアを開ける。 「これに着替えろ」 差し出されたのは真新しいスーツだった。 聞きたいことは山ほどあったけれど、父親の顔を見るに、そんなことを聞ける雰囲気ではなさそうだ。 僕は父親の機嫌を損ねないように、なるべく早く着替えた。 「おい」 着こなしをしっかりチェックしたはずなのに、いきなり低い声で脅され、肩がビクッとしてしまった。 身構えているといきなりマスクをむしり取られる。 「こんな時期にマスクをしている奴がいるか」 いつもは僕の顔が嫌いだから見せるなって言うのに、父親の考えていることはいつもわからない。 「顔のそれはなんだ」 父が僕の顎を乱暴に持ち上げて一点を睨みつける。 最近、右頬に小さなニキビができた。あまり目立たないやつ。きっとそれのことを言ってるんだと思う。 「俺が渡した化粧水一式使ってないのか」 「使ってる。でも、できちゃって」 僕のことを信用していないのか、父親は僕のことを睨みつけた。 「ついてこい」 僕は言われた通りに父親の後ろに続いて、車に乗り込んだ。 本当に父親は何を考えているのかわからない。 父親は、母に似ている僕の顔のことが大嫌いなくせに、この顔を綺麗に保つように強いてくる。 少しでも僕が太ったら怒るし、痩せすぎても怒る。 嫌いなくせに、僕が母に似た状態でいることを望んでいる。 そんな歪んだ父に育てられた僕は、愛情が歪んでいるのかもしれないといつも不安になる。 それが怖くて、僕は人を愛することが少し怖かった。 だから、僕は八島先輩のことが好きだけど、それを本人に伝えようとは思えなかった。 いかにも格式高そうな料亭の前に車が停まった。 父に続いて僕も降りる。 そのあとは僕だけが個室に通されて、知らないおばさんから食事のマナーを実践形式で3時間みっちり叩き込まれた。 さすがの僕もここまでされたら完璧に覚えられる。 そのあと、ロビーで散々待たされたあと、父親が義母と兄と一緒にやって来た。 兄はいつにも増して格好良く着飾っている。スーツも僕のより何倍も高そうだ。 両親は関係者の人たちと何やら話し込んでいるようで、兄と2人取り残されてしまった。 「今日って、なんの集まり…?」 僕が兄に尋ねると、兄は「お前、聞かされてないのか」と驚いた顔をした。 「食事会だよ。俺の結婚相手になるやつと。どうしても家族全員で顔を合わせたいって相手側の希望らしい」 「え?相手は?」 「財閥の娘。うちの学校の生徒会長」 「本当に!?」 生徒会長と言えば、八島先輩が尊敬している人のはずだ。少しだけ興味が湧いてきた。 「最近決まったらしい。俺も今日初めて会うが、すでに帰りたい」 僕も全力で帰りたいけれど、両親が戻って来たので、4人揃って奥に案内された。
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