7、夏休み後半

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そこには一際美しい女性が家族を連れて立っていた。 そちらの家族と、形式的な堅苦しい挨拶をしてから向かい合って席に着く。 奏の相手は奏より一つ年上の四虎聖花(しとらせいか)先輩。 見るからに知的で、兄に負けないほどの雰囲気がある。僕の父親や義母にも臆することなく、会話を続けていた。 家族で食べる初めての食事。 僕は昼間のレッスンと全く同じ料理を、先生に言われて通りにただ黙々と食べ続けながら話を聞いていた。 兄も、この会の主役にも関わらず、僕と同じようにただ黙って食べ物を口に運んでいた。 けれど、僕はその光景に驚きが隠せなかった。 兄が他人の作った料理を食べている。これはありえないことだ。 兄は手作りのものを口にすると吐いてしまう。それなのに残すことなく口に運んでいる。 兄は見るからに気分が悪そうだった。 僕が目配せすると、兄は気にするなと僕だけにわかるくらい小さく首を横に振った。 食事のあと、兄と四虎先輩を残してそのほかの家族は部屋を出た。 親睦を深めさせるのが目的らしいけど、2人がどんな会話をするのか僕には想像もつかなかった。 親同士で話しているところにいてもつまらないので、僕は普段は滅多に来ることができない料亭の雰囲気にわくわくしながらこっそり探検をしていた。 すると、長い廊下の突き当たりで、口を押さえて駆けていく兄とすれ違った。 「奏…?」 しかし、僕の声に反応できないほど慌てた様子で、トイレへ駆け込んで行ってしまった。 急いで僕もトイレへ向かう。 すると、えずく声に続いて、乱れた息の音が聞こえて来た。 一番手前の個室で兄が倒れ込むように、便器に前のめりになっていた。 「いや、マジで無理。アイツ、俺に触ってきやがった」 兄は再びえずきながら吐いている。 兄は苦しそうに顔を歪ませながら僕を見上げた。 そんな顔初めて見る。 「唯我、俺に触れ。全部吐きたいから」 僕は言われた通りに兄の背中をさすった。 僕に触られた瞬間、兄はすべてを吐き出した。 もう出ないところまでいっても、しばらくえずいては、息を乱していた。 やっとおさまって、兄はいつにも増して青白い顔をしながら手を洗っていた。 鏡越しに目が合う。 「俺、父親が殺されたとき、その腕に抱きしめられてた。だから、人の肌の感触も温度も、全部があの血生臭さに直結して、気持ち悪い」 兄はふらついていたけれど、僕には支えることができない。 その帰り道、兄の弱りきった表情が頭から離れなかった。
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