1、プロローグ -つまらないお話-

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転校してから一週間くらい経ったころ、クラスのカーストのトップで、リーダー格の西園寺という男子に話しかけられた。 彼は同級生からも敬語を使われるような存在だ。 カーストといっても、ハナノミチだと上に来る人間は普通と少し違う。 普通ならカーストの上位は容姿、性格、交友関係、恋愛経験みたいなステータスから、頭の弱そうなやつがはびこる。 でも、この学校の場合、カースト上位は文武両道が当たり前で、特に学力のほうは常にトップレベルじゃないといけない。 それに加えて、将来的にハナノミチで活躍するであろう有望性とリーダーシップが必要だ。 この条件が一つでも欠けていたら、顔色を伺うサイドの人間になるしかない。 誰もが憧れるカーストの上位者。それが僕に話しかけてきた。何か裏があるはずだと思った。怖くて身構えていると、もう一度名前を呼ばれた。 「綾瀬くん」 慣れない新しい名字。声が発せられた瞬間、教室の空気が張り付いたのを肌で感じた。 あからさまにこっちは見ないものの、クラス中の誰もが僕らの会話に耳を傾けている。 「どうしたんですか」 とりあえず当たり障りのない返事をする。 西園寺はリーダー格なだけあって、迫力があった。 見た目もしっかり整えていてカッコいいし、たぶん女子にモテる。 それに授業の様子をみている限り、頭もすごくいいし、部活でもソフトテニスの全国出場者らしい。 いつも堂々としていて自信満々って感じ。 はっきり言ってすごい苦手なタイプだし、できることなら一生関わりたくない。 薄ら笑いを浮かべた西園寺は僕に数学のワークを見せてきた。 「さっきの授業の応用問題がわからないんで、教えてくれませんか」 口調は丁寧だけど笑顔が怖い。 舐めまわすように見られる。 明らかに僕は試されていた。 見せられた数学の問題は応用どころか超応用って書いてある。 絶対に今日やった授業だけじゃ解けないはずだ。いや、授業でやったとしても僕には解けるかどうかあやしい。 僕はもともと勉強が苦手じゃないけど、平均が取れてればいいっていうタイプの人間だった。 そのせいで学力は落ちていき、ハナノミチの転入試験もボロボロで、ほぼ親のコネで入った。 そのときは父親に盛大なため息をつかれた。 でも転入したからにはそんな甘い考えは通用しない。頑張らなきゃなって心で思うけど、面倒くさいって方が強すぎて、いまいち焦りを感じない。焦りを正常に感じられなくなった僕は、赤点をとってあとで後悔するのかな、なんてぼんやり考えた。 そんなことよりも、今は目の前の状況をどうやって切り抜けるかが問題だ。 西園寺は最初から僕にワークを解かせようと思って聞いているわけではない。 どういう反応をするかを見ているのだ。 「ちょっと見せてもらってもいいですか」 問題に目を通してみたけど、難しすぎてわけがわからない。 問題文が呪文みたいだ。 中学生でこんな問題解けるほうが狂ってると思う。 西園寺の方をちらっと見上げると、彼は口の端を吊り上げた。さっきからクラスメイトもチラチラこっちを見ていて嫌な感じだった。
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