琥珀色の風景

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雲一つない青空の下に防寒具をしっかり着込んだ自分がいる。 コートとマフラーと帽子でで武装した僕の後ろにはタンクトップ姿のマッチョ。リュックを背負い、エスカレーターから降りて颯爽と歩いて行った。目的地はジムかプロテイン売り場か。いや、偏見過ぎるな。 季節感がバグッている。 どっちが? 季節は4月初旬。 春一番はもうとっくに吹いていた。 車のフロントガラスには花粉が付いていて洗い流そうとしてもしつこい、らしい。車持ってないから知らんけど。兄貴がボヤいていた。 最高気温は20度に行かないが、最低気温も0度を超えない。 つまりそんな天気。 季節感がバグッているのはどっちだ。 待ち合わせ場所を見つけて急ごうとした時に、その場所からゆったりとこちらに歩いてくる人がいた。へらへらとした顔でピラピラと手を振っている。厚手のシャツにフロントバッグを下げて黒のスリムパンツで身軽そうだ。髪もワックスを付けているのか建物の中なのに風になびいているようだった。こっちはニットの帽子を深く被っているというのに。寝起きのままなのでちょっと外したくない。いや、外せない。 「すぐに見つかったよ。」  目の前までやってきたその人は、僕に向かってこう言ってきた。 「なんで?」 「この陽気な天気にそこまで陰気な雰囲気を纏わせられるのって大上しかいないから。」  格好でも、顔見知りと言う条件でもなく、雰囲気で自分を言い当てられるとは。やはり、一般人と目の付け所が違う人だ。そもそも最初に僕に話しかけた時点ですでに目の付け所が違う。 「それって、悪口?」 「え、思った通りのことを言ったんだけど。」 「ナチュラルに暴言だった。」 「で、どこに行こうか。おなかすいてるでしょ?」  ナチュラル失礼なこの人は、同じ大学の、同じ学部の、同じ学科の、同じ講義を受けた時におとなりだった人だ。印刷ミスのあったレジュメをどうしようかと考えあぐねていた時に、さっと、自分のレジュメと交換してくれた。印刷ミスと言っても項目が抜けたりしているわけではなく使えるものだったのだが、よっぽど自分が嫌な顔をしていたのだろう。その様子を見られていた。俺のと交換しよ、と小声で囁かれて返事をする前にピッと紙を取られた。その直後に、メモ書きみたいに日付とその人の名前の書かれた紙が、目の前にやってきた。たぶん、いつもレジュメに名前を書いている人なのだろう。その律義さと見た目の軽さがアンバランスで興味深い人だなと思ったのが第一印象だった。あ、ついでにLINEも書きこんどこ、と、身を乗り出して英語と数字の混ざった記号を書いた。その様子をその時は眺めているだけだったが、今にして思えば、いや、思わなくても、あれって、ナンパ?いやいや、違うか。  講義終了後に、お礼をちゃんとしようと思ったが、彼は友人たちとさっさと部屋を出てしまっていた。僕にはそれを止めるだけの行動力はなく、走り書きされたLINEのIDで友達検索をして表示された『サキ』という名前を登録して、【レジュメありがとうございました】というお礼と適当なスタンプを送った。 「なんか、あったかいもの食べたい。」 「いいね、鍋焼きうどんとかどう?さっき、うどん屋見つけたからそこに行こう!」 「いいな。」 お礼のスタンプを送ったつもりだったが、なぜか手が滑ってしまい怒っているように見えるスタンプを送ってしまった。取り消そうと慌てているとすぐに既読になった。【別に全然構わないよ】と来た後で【なんで怒り?(笑)】と連投された。【ごめん、間違いです】【本当はこっちを送ろうと思っていました】と、感謝をしているスタンプを送った。【タメなんだから、敬語いらなくない?】と送られてきた後で【今週の土曜日ヒマ?】と返ってきた。そして今日が今週の土曜日である。 「ところで、そのリュックの中、何が入っているの?」 「いつも通りだけど。」 「え、大学行く時のままってこと?」 「そうだけど、」 「講義資料も、ルーズリーフも、ノートパソコンも、のど飴も、ホッカイロも入っているってこと?」 「そうだけど、」 「重くない?」 「重いけど。」 「だろうね。」  そう言うと、するっと僕の肩からリュックの肩ひもを外し、背負った。 「うわ、ホントだ。重い。」 「いや、だからいいって、」と言って返してもらおうとしたが、絶妙なディフェンスで躱された。 「そんな、重そうなコート着てなおかつ、こんな重たいリュックを背負っていたら陰気さが増しちゃうって。肩が軽くなった分、陽気になるでしょ?」と、またもや悪口ともとれる軽口を叩いた。 仕方なく、空を見上げる。さっきと変わらない。青空だ。 「ほら、なんか、ウキウキしてこない?」と、横から楽しそうにサキが話しかけてくる。 「天気ごときに、自分の気分を左右されたくない。」 「しっかり、自分を持っている人の意見だな。」 「そこは、陰気臭いって言わないんだ。」 「言って欲しかったの?」 「嫌だ、けど。」 「まあ、いいや。うどん屋行こ。」  LINEの交換をしたのが火曜日で、そこからちょくちょくやり取りをしていた。ほとんど同じ授業を取っているが、学生数がとても多いので新入生ガイダンスでの自己紹介はなかったし、新歓コンパは行かなかった。サキは目立つグループにいるので、否応なしに存在が分かる。僕の事なんて路傍の石程度だろうと思うし、なんなら認識もしていなかったと思う。それくらいの自分の立ち位置を把握していた。だから、LINEのやりとりもこんな風に一緒に出掛けるなんてことも想定外で心臓がバクバクしている。 「大学じゃ、あんまり話せないよねー。」と、サキは目当てのうどん屋をキョロキョロしながら探してる。 「サキは、いつも誰かと一緒にいるよね。」 「あー、そうかも。大上はいっつも一人だよな。」 「、、、一人が好きなもんで。」 「でも、俺とは会ってくれるんだ。」ちょっと言い方に含みがあった、ように感じた。 「レジュメのお礼があるから。」 「え、お礼じゃなかったら、来てくれなかったの?」 「たぶん、」 「たぶん?」 「来ない。」 「そこは、嘘でも、来るって言って欲しかったな。あ、見つけた、あそこ。」指を差す先にうどん屋が見えた。入り口に飾ってある食品サンプルを見ていくが、鍋焼きうどんはなかった。 「あれって、冬限定なのかな。」 「僕は、春でも夏でも秋でも食べたいと思った時に作るけど。」 「え、大上って自炊派?」 「一人暮らしだし、自分が食べる分だけだから。」 「すっげー、ってか俺もしなくちゃいけないんだけど外食ばっかで、食費がかさんじゃってさ。バイトしてもバイトしてもぜーんぜん貯まらないんだよね。」 「賄い付きの所にすれば?」 「あ、そっか。それいい考え。」 「今どこでバイトしてるの?」 「駅の近くにある古着屋。」 「あー、なんか近寄りがたいところだ。」 「そう?店長とかめっちゃ気さくだし。お客さんも優しいよ。この間、つり銭ミスった時も笑って許してくれたし。」 それは、サキの人柄がいいから、と、言いかけたが褒めているようになるので止めた。  天ぷらうどんのあったかいを選んでから、具材にシイタケが使われていることを知って思わず顔をしかめた。 「しいたけ嫌なの?俺が食べていい?」とサキが言った。 「なんで分かったの?」 「いやいや、その顔。レジュメの時も同じ顔していたから、よっぽど嫌だったんだろうなって。」 「最初のうちのノートとかきれいに取りたいなって思っていたから、歪んでいてちょっと嫌だなって思ったんだ。」 「うん、そんな感じ。俺は別に斜めだろうが気にしないかな。」 「大雑把なんだな。」 「おおらかと言って欲しい。」 「あ、来たぞ。」 あったかい天ぷらうどんと、あさりうどんがテーブルの上に並んだ。 「うまそうだな。」 「シイタケ入れるからちょっと近づけて。」 「はいはい。」 「あれ、シイタケの下に緑色のものが。」 「オクラじゃない?」 「、、、」 「それも入れていいよ。」 「ありがと。」 「美味しかったね。ポイントカードも貰ったし、また来ような。」レジを抜けて店を出る。リュックは相変わらずサキに取られていた。 「ってか、お礼なんだから、僕が奢るんじゃなかったの?」 「今日付き合ってくれたことがお礼だから、奢るのは俺でしょ。」 「そう、なの、か?」 「そうだと思っておけばいいよ。」 「わかった。ありがと。」 「どういたしまして。」 「食べているとき思ったんだけどさ、」 「うどんって熱いから、眼鏡に湯気がかかって曇るって言って、大上眼鏡外したじゃん。」 「まあ、外したな。」 「でもちゃんと食べてたよな。」 伊達メガネだからな。とは言えなかった。じゃあ、なんで眼鏡してんの?ってもっと食いつかれるだろうし、その説明がメンドクサイ。 虹彩の色が元々薄くて、そのせいで揶揄われることが多かった。兄貴も同じ目の色をしていて、そんなこと気にするなと、揶揄ってきた奴らを返り討ちにしていたが僕にはどんな力は無かった。 アンバーアイ、日本語で琥珀の目。オレンジがかった茶色で、西洋ではウルフアイズとも言われるらしい。苗字の大上も相まって、揶揄いの対象になっていた。 中には純粋な好奇心の人もいただろうが、向けられる視線が怖くて伊達メガネをかけて隠すようになった。強制的に眼鏡になろうとして視力を落とそうと暗い所で本を読んだりしていたが、親にすぐに見つかってしまったため、今でも裸眼で1.5は見える。 コンタクトレンズは怖くてまだチャレンジしていない。 「大上の目の色ってさ。」 湯気に負けて、伊達メガネを外したのがまずかった。サキとは、普通に友達になれるかもってちょっと、ほんの少し、僅かだけれど、思っていたのに。 まじまじと瞳を見つめられた。眼鏡越しだけれども、サキの顔がこちらを見ている。誰とでもすぐに仲良くなれて、こんな僕にでも愛想よくしてくれる。 ほんのちょっと、少し、僅かだけれども、好きになりかけていたのに。 「うどんの出汁の色に似てないか?もしかして、それでうどん好きなの?」 目の色が赤くて変とか、外国人?とか、散々言われてきたが、うどんの出汁と言われたのは初めてだった。僕は急に気が抜けてその場に倒れ込んでしまいそうになるのを、サキが支えてくれた。 「うどんに似てるって、あ、これ、悪口かな。うどんじゃなくて、うどんの出汁だけど。」 「陰気は悪口じゃなくて、うどんの出汁の色は悪口だと捕えたサキに驚いたんだよ。」 「綺麗な色じゃん、いいなぁ。」 「そうでもないよ。」 「綺麗な目の色をしている人って、どんな風に世の中が見えているんだろうなって思っていたんだよな。大上はどんな景色をみているの?」 「サキと変わらないよ。」 「じゃあ、きっと綺麗な景色だな。」そう言って、サキが空を仰ぐ。つられて僕も空を仰いだ。 「うん、綺麗だ。」
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