喰欲

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
腹が減った。 ああ、腹が減った。 この空腹は胃から来るものではない。 腹の下が、ぐるぐると熱を欲している。 こんな身体にした奴には、もう会えない。 その頃から、コノオは大食いになった。 喰欲 性欲と食欲が直結するのは、よく有る事なのだろうか。 そうぼんやり思いながら、目の前のパンの山を口に運んでいく。 その山の向こうで、レオは呆れの溜息を吐いた。 「ほんと、よく食うよなぁ……」 レオは年頃の少年にしては食わない方だ。いつも菓子パン一個で昼食を済ませている。 「そんで太んないんだからマジでずりいよな」 女子の心境みたいな事を言ってきたが、コノオは返事をしない。 最後の袋を開け三口で消費すると、昼休み終わりを告げるチャイムが鳴った。 レオは自分の席へ戻る。コノオも惣菜パンの残骸を捨て、5時間目の授業の用意をした。 胃を満たしても、腹の下の欲求は満たされない。 それは性欲と呼ぶには浅く、違う感覚が有った。 人恋しさ、と呼ぶのが正しいのかもしれない。 放課後、隣を歩くレオの金髪を見つめながら、そう思った。 「……お腹空いた」 ぽつり、と黒マスクの下で呟く。 レオが銀の眼を丸くし、まだ食べんのかよ、と呆れていた。 その動く唇が、美味しそうに見えて。 コノオは、黒マスクを下げて齧り付いた。 レオは驚いて呻くが、無視して唇を喰む。 少し間が有ったので、その中に舌を捩じ込んだ。 ああ、これだ。 その柔らかい感触に、やっと腹が満たされた。 「バッカ、やろう!!!!」 どすどすと胸を叩かれ、顔を離す。 「何すんだいきなり!!!」 付き合っているとはいえ、レオは顔を真っ赤にして恥ずかしがった。 そんな顔も可愛いなあ、と思いつつ、口にはしない。 ごちそうさま、と食後の挨拶だけした。 俺は食い物じゃねえ!!と怒られたが、コノオにとっては食べ物に見えている。 ああ、もっと喰べたい。 でも、今はまだそれには早い。 「……そんなに、美味しいんかよ」 こちらの心境も知らず、顔を真っ赤にしながら視線を逸らし呟いた。 コノオが頷くのは見て、また銀眼は外れる。 「……じゃあ、キスすんのは、いいけど……言ってからしろよ!!」 ぎゅっ、と目を瞑り、言い切った。その言葉が意外で薄紫の眼を丸くするが、愛しさでクツクツと笑ってしまう。 笑うな、と動く唇をまた捉え、口内を喰うようなキスをした。 その瞬間だけは、多福感と満足感に満たされるのだ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!