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4.双子
◆◆
「ただいま」
リビングに入っていくと、真優の姿はなくて、基だけがソファーに座っていた。
「お疲れ様、波留」
「……基、いたのか」
「ご挨拶だなあ。ミルが死んだこと、危うく知らないでいるところだったよ。教えてくれればいいのに」
「昨日、死んだんだ。まだ寿命じゃなかったし、こっちも驚いた」
幼馴染の口元には微笑みが浮かんでいるけれど、目は少しも笑っていなかった。あれは、怒っているのかもしれない。
「真優は?」
「眠っているよ。今は落ち着いてる」
基は立ち上がって、キッチンのウォーターサーバーからコップに水を注ぐ。幼稚園の頃からこの家に出入りしているから、勝手知ったるという奴だ。ごくごくと飲み干す姿に目を向けると、喉仏の脇に紅い痕を見つけた。首元にも。
ああ、そうかと思った。真優は愛した動物を亡くした時にだけ、身近な人間に心を開き、体を繋ぐ。
「やっぱり、小動物はいいな。そんなに寿命が長くないし。おかげで、久々に真優と過ごせた」
基はうっとりと微笑んだ。頬が紅潮して、瞳が輝いている。
俺は壁に掛かった時計を見た。予定よりも遅くなってしまった。さっさと夕食を作らなくては。
ソファーの脇に鞄を置いて、急いで制服の上にエプロンを付ける。冷蔵庫の中から、卵のパックと挽肉を出した。
米は朝のうちにセットしておいたし、スープはすぐに作れる。一つ一つ確認していると、基が隣にやってきた。
「波留が今日の当番? 何作るの?」
「オムレツ」
「えっ、俺も食べたい。そういえば、おばさん、まだ退院できないんだね?」
「……まだだ」
「薬の誤飲だっけ? おばさん几帳面だから、ショックだっただろうな」
「持病があるのに、仕事が忙しくてろくに寝てなかったからな。朦朧としてたんだろう」
母親が入院してから、もうすぐ二週間になる。薬の過剰摂取で持病が悪化したためだ。完全看護だから、病室に顔を見せなくても特に問題はないが、自分たちの食事が不自由だ。真優と交替で作ることにしたが、あの調子なら当分俺が作ることになるだろう。
――ねえ、波留。一度、真優を医者に診せたらどうかしら?
仕事部屋から暗い顔をして出てきた母の顔が、ふっと脳裏に浮かぶ。こちらを見る目に、わずかに恐怖が浮かんでいた。あの後、母は何と言ったのか。
――あの子、動物ばかり可愛がり過ぎだと思うの。死んだら死んだで、今度は死体を抱えて離さないなんて。いくら可愛がってたからって、やっぱりおかしいわ。
舌打ちと共に、母の顔もすぐに朧げになり、意識から消えた。
「そういえば、真優の隣の席のやつ、どうした?」
「……話は、つけておいた」
基が笑い声をあげる。
「真優の近くをうろついて目障りだったもんね。何を勘違いしたんだか、真優はあいつに興味なんかないのに」
俺は、皮を剥いた玉ねぎをトン、とまな板に置いた。包丁でみじん切りにし、挽肉を入れたボウルに入れる。赤みがかった肉を目にして、放課後の教室が浮かんだ。
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