1.ミルの死

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1.ミルの死

 ミルが死んだ。  小さな体がひっそりと、横になったまま動かない。ハムスターは元々夜行性なのに、昼間に体が床材のチップの外に出ているなんて珍しい。そう思ってケージを覗き込んだ瞬間、様子が違うことはすぐにわかった。  震える手で触れれば、ふわふわの体は変わらないのに何の温もりもない。昨日までは、すばしっこくケージの中で動いていた体がぴくりとも動かなかった。軽い体を両手でそっと包んだ。自分の体温が移って、もう一度動き出さないだろうか。  ガチャと扉が開く音がした。 「ただいま! ……真優(まゆう)? どうした?」 「……」  言葉を返せずに体を丸めていると、後ろから覗きこんでくるのがわかる。僕の手を見て、息を呑む気配がした。喉の奥から、なんとか声を出す。 「はる……波留(はる)。ミ、ルが……」 「昨夜は元気だったよな? どうして」  そうだ、昨夜は元気だったんだ。いつものように、エサ入れを掃除して、水を替えた。ケージを開けたらミルはすぐに僕の手にやってきて、ペレットを夢中で食べていた。その後、いつもと同じように少し遊んで……。 「ゆうべはどうだった? ミルは普通に餌食ってた?」  うまく声が出せないままに、こくこくと頷いた。波留がぽんぽんと僕の頭に触れて、ケージの中を覗きこむ。 「あいかわらず綺麗に掃除されてるし、エサ入れも空っぽだし……あれ?」  波留がケージの中に手を入れて、小さな欠片を拾い上げる。指先にあったのは5ミリほどの茶色い塊だ。 「……何だ、これ? チョコ?」  それを聞いた途端、冷水を浴びたような気持ちになった。耳の奥で、がんがんと何かが鳴り響く。まるで頭の中がショートしたみたいだ。ミルを乗せた手が、ぶるぶると震える。 「真優?」 「そ、それ……。もしか、して」 「え?」  怪訝な顔をした波留が自分の指先を見た。  どこのスーパーでも売っている、子どもに人気のある菓子だ。小さな円筒形の粒チョコがプラスチックの入れ物にたくさん詰まっている。昔から僕はそれが好きで、確かに最近も買った覚えがある。気づかないうちに落としていたんだろうか。それをミルが……。 「ハム……スターは、チョコ、で、中毒を、起こす。僕の……、せい」  僕の言葉を聞いた波留は、手に持っていた欠片をすぐに、ごみ箱に捨てた。 「あれが原因だと決まったわけじゃない。ミルが食ったかどうかもわからないんだし。元々ハムスターなんて、二年位が寿命なんだから」  波留が取り成すように言ってきたけれど、ろくに耳に入らなかった。チョコは溶けるから、口に入れてしまったら取り出せない。僕は、冷たくなったミルの腹を、確かめるように撫でた。
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