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第7話 幸せはきっとすぐそこに
海の心はもうボロボロで、頬を流れる涙すら感じられなくなっていた。ついに出産の日。あんなにも行きたかった病院が、今では地獄のように見えた。
海は元気な男の子を産んだ。二人の旦那は幸せだった。やっと歩むべき幸せを取り戻せると思ったし、海もきっとこの日がくれば笑ってくれると思っていた。しかし海の心は戻ることはなかった。それどころか海は、産後全くと言って良いほど体を動かせなくなってしまった。
言葉も発せず、手足もほとんど動かない。目もうつろである。その時初めて、二人は海の心身の状態の異常性に気がついた。
実際、海は部屋を移されてふわふわの部屋に閉じ込められてからずっとこの状態だったのだが、やっと目が覚めた2人にとっては、産後海が壊れてしまったように見えたのである。二人は強い責任を感じた。自分たちが海が望んでもいなかった出産を強要したせいで、壊れてしまった。そう思った。
二人は家に帰り話し合った。そして海の元から離れることを決めた。
二人とも海を愛していた。否、自分を理解して受け入れてくれる海を愛していただけなのかもしれないが。
丁度朔の親の会社が海外へ事業を拡大するという話を聞いていた。二人は海から離れることを決意した。海にとって二人の存在は今やトラウマとなっているだろうし、近くにいない方が良いと判断した。
元々三人は幼馴染で、家族ぐるみで仲良くしていたため、修斗が朔の親に海外での手伝いを申し出ると、朔の親は心よく了承した。恐らく海も一緒に海外へ引っ越すのだと思われていたが。
二人は海のことを、海の高校、大学時代の同級生で何度か朔や修斗にも紹介されていた友人の安藤というやつに頼んだ。安藤はもうすでに結婚していて、海と同じく大学を妊娠して中退していた。今は元気な子に恵まれ、何かと海と親しくしていて、産前、監禁状態になる前は頻繁に連絡を取り合っていた。
朔と修斗は、海の今の状態、自分たちが犯してしまった罪を並べ立てたメールを安藤に送った。安藤は海の世話をすることを心よく了承してくれた。
安藤は病室に海の様子を見にいった。
「久しぶり、大丈夫……ではなさそうだね。でも全然大丈夫だよ。俺が何とかするから。あんたにはいつも支えられてたし。」
安藤は高校時代いじめられていた。安藤のそっけなく誤解されやすい性格が原因だった。
そんな時安藤を助けたのが海だった。
陰湿ないじめだったため担任にバレることもなく過ごしていたのだが、海はすぐに気がつき、クラスの人気者である海が安藤に気さくに話しかけることで安藤の良い面が少しずつ表面化され、いじめはなくなっていった。
安藤は頻繁に病室を訪れた。個室なのでどれだけの時間いても、どれだけ話しかけていても他の人の迷惑になることはない。勿論安藤にも自分の子どもがいるので毎日というわけにはいかなかったが、恩を感じているだけでなく、自分の旦那がもし海の旦那と同じ行動をして、海外へ向かったとなると耐えられないと思う同情心もあった。
朔と修斗は、安藤が何度か病室に訪れていると聞いて、まだ幼い赤ん坊を連れて海外へと飛び立った。産後海が壊れてしまったと認識してから、二人は一度も海の病室を訪れなかった。ただ海を守りたかった。
安藤の熱心な見舞いのおかげか、はたまた旦那から離れることができたからか、海は一年ほどで順調に回復していった。会話も少しずつではあるができるようになり、トイレにも一人で行けるようになった。
海はこのまま回復して、もしできるならば息子に会って、可能であればいつか朔と修斗と愛し合って暮らしたいと考えていた。辛い過去はもう、海にとって昔の出来事になっていた。
まだ乗り越えることはできないけれど、二人のことを愛していたし、希望を捨てきれていなかった。自分には幸せな人生が残されていると信じていた。
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