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テーブルに置いた手紙を手に取る。
滲んだ筆跡をそっと右人差し指でなぞる。
今度の日曜に私が結婚する頃になって、この手紙は私のもとに届いた。
これは偶然なんだろうか。
「もしかして私が結婚するって聞いて、まさか私を取り返しにきたくなったり……した……?」
手紙に笑いかけてみた。
もちろん声が返ってくることはない。
部屋には私しかいない。
「今更思ったけど……私の旦那になる人はね、蒼佑に似たところがある人かもしれない。くだらないことを話せて、一緒に笑えて、一緒に悲しむことできる人だよ」
そう言ったとき、カーテンが揺れた気がしたのは、部屋の空気清浄機のせいだろうか。私は一人で頷く。
「大丈夫、心配されなくても幸せになるから」
私は色褪せたその手紙を開くことなく、テーブルの上に戻した。
また記憶から消したりはしない。
いまの私は一緒に生きていくことができる人がいるから。
蒼佑との記憶も一緒に連れて、この部屋から引っ越そう。
手紙はクローゼットの中の引き出しにしまった。古い携帯電話と一緒の場所に。
カーテンを開けて私はバルコニーとは呼べない小さなベランダに出てみた。
私の故郷はきっと今日も寒くて、三月とはいえ雪が降ったりしているかもしれない。
東京は春が近く、風からは春の匂いがした。
私は明日からもこの街で過ごしていく。
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