東京は春が近く

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*  テーブルに置いた手紙を手に取る。  滲んだ筆跡をそっと右人差し指でなぞる。  今度の日曜に私が結婚する頃になって、この手紙は私のもとに届いた。  これは偶然なんだろうか。 「もしかして私が結婚するって聞いて、まさか私を取り返しにきたくなったり……した……?」  手紙に笑いかけてみた。  もちろん声が返ってくることはない。  部屋には私しかいない。 「今更思ったけど……私の旦那になる人はね、蒼佑に似たところがある人かもしれない。くだらないことを話せて、一緒に笑えて、一緒に悲しむことできる人だよ」  そう言ったとき、カーテンが揺れた気がしたのは、部屋の空気清浄機のせいだろうか。私は一人で頷く。 「大丈夫、心配されなくても幸せになるから」  私は色褪せたその手紙を開くことなく、テーブルの上に戻した。  また記憶から消したりはしない。  いまの私は一緒に生きていくことができる人がいるから。  蒼佑との記憶も一緒に連れて、この部屋から引っ越そう。  手紙はクローゼットの中の引き出しにしまった。古い携帯電話と一緒の場所に。  カーテンを開けて私はバルコニーとは呼べない小さなベランダに出てみた。  私の故郷はきっと今日も寒くて、三月とはいえ雪が降ったりしているかもしれない。  東京は春が近く、風からは春の匂いがした。  私は明日からもこの街で過ごしていく。
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