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「侑奈さん、ですね。はい、覚えていますよ。あの頃は……まだ小学生ぐらいだった?」
つとめて心を落ち着けて私は言った。唇が震えそうなのを堪えながら。指先は血が通いにくくなったかのように冷たい。
「はい……。本当に、お久しぶりです」
ゆっくりと侑奈は頭を下げた。
記憶の中でランドセルを担いでいた彼女は、どこからどう見ても大人の淑やかさを持つ女性になっていた。
「どうして、ここが?」
「住所は……月島さん、月島椿さんに教えていただきました」
それは私の同級生の名前だった。愛らしい真ん丸の頬を思い出した。年賀状のやりとりを今でもする数少ない昔の友達だ。
「急に申し訳ありません。郵便で送ればよかっただけなのかもしれません。でも、あなたに直接手渡したくて。これが私の役目なのかなって思い……」
そう言うと侑奈はカバンを開けて何かを取り出した。
それは手紙のようだった。白い封筒のようだった。
「絢夏さん宛になっていました。手紙なんて書くと思えない兄があなた宛に何を書いたのか、妹なのに、私は想像もできません」
彼女は封筒を差し出した。横型の封筒でだいぶ年季が入っているのか色褪せてしまっている。
いや、色褪せじゃなくて、もしかして――。
滲んだ筆跡が、私の記憶の琴線を触れる。
それを受け取るべきなのか、私が戸惑っていると、侑奈は顔をあげた。
「今更なんだ、って思いますよね。私もそう思ってました。兄が持っていたものはほとんど処分してたんです。あの日、着ていたコートをさすがにもう処分しようと母に提案したんです。そうしたらポケットにこの封筒が入っていたんです。兄の持ち物はずっと母が管理してたので、この手紙の存在に気づいてたのか、気づいていなかったのか、私にはわかりません」
侑奈の母、つまりは彼の母には何度も会ったことがある。
あの頃、何度もたべさせてもらったカレーの風景がゆりかごの中で目を覚ます赤子のような優しい輝きを放ち始める。
記憶の海にまどろみながら堕ちていくような感覚があった。
このまま堕ちていったら、私はどこに行くんだろう。
「もしかしたら、この手紙は、あの日あなたに出すつもりだったのかな。それが届かないままって寂しいかなって思って、いろんなルートをたどって、絢夏さんの住所を知りました。勝手なことをしてすいません」
侑奈のしたことを責めることはできない。住所を教えた椿のことも責めることはできない。みんなの優しさが繋がってこの手紙は私のもとへと届いたんだ。
「中の手紙が読むことができる状態なのかわからないですが、せめてあなたのもとに届いたことに意味はあるのかな、って」
「そう……ありがとう。こんな遠いところまで」
私は手紙を受け取った。その封筒が作られたときとは明らかに違うであろうザラついた手触りに胸が苦しくなる。
「それでは、私はこれで」
「え、帰るの?」
「東京出張の帰りなんです。もう新幹線の時間が迫ってて。お会いできるなら渡そう、ダメならポストに入れるしかないって思ってました」
「そうだったんだ……。そっか、あんなに小さかったのに、いまはもう社会人なんだね」
「はい、もう24歳になりました」
その笑顔が遠い日の少女と重なった。
あの小学生が24歳。
あれから13年。
蒼佑が津波に飲み込まれた町の中で消えてから13年。
今年もまた、春が来る。
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