ささくれは親不孝

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 休日、急に呼び出された明子は自転車で10分ほどの距離にある実家を尋ねた。明子には3つ上の兄がいるが両親は兄とは同居せず、80歳になる父と78歳の母は実家で二人きりで暮らしている。 「そろそろ終活しようと思て家の中整理してんねん」  段ボールにガムテープを張りながらそういう母を見て明子はため息を付いた。  そういえばつい先日、テレビで終活を取り上げた番組が放送されていた。母はすぐテレビや雑誌、お友達のおばさま達の話に影響される。納豆だのヨーグルトだのを大量に買ってきたり、紅茶きのこだのいう気味の悪い物を毎日食べろと強要してきたり、断捨離だ!と必要な物まで捨ててしまったり、そんなことばかりなのだ。  父はというと、もはやそんな母の所業には慣れっこになっているのか黙々と中身の入った段ボールの箱を玄関に運んでいる。 「また腰、痛なるで。あんまり無理せんときや」  父と母の両方に向かって声を掛けると母が叫んだ。 「アンタのモンもようけあんねん。結婚した時持っていかんとウチに置いていったモンあるやろ、それ持って帰って!」  そんな急に言われても……明子は母が指さした荷物の山を見てまたため息を付いた。  確かに学生時代の卒業アルバムや文集など捨てるには忍びないが、新居には置く場所がないとの理由で実家に置きっぱなしの物が大量にあった。しかし今の家にもやはり置く場所はないのだ。 「ウチの荷物と一緒に捨てるから、いらんねやったら置いていき。いるモンだけ持ってったらエエから」  いらん訳ではないのだ、ただ邪魔にはなる。しかしそういう物を実家に置いていたこと自体あまり褒められたことではない。 「あ、アンタ通信簿見てみ!笑ろたわ~」 「笑えるほど頭悪かったっけ」 「ちゃうちゃう、成績じゃなくて生活態度とか評価する欄あったやろ。(できる)と(がんばってほしい)のどっちかに○付いてる欄」 「あぁ、なんかそんなんあったなぁ」 「あんなんほとんど全部(できる)に○付いてるもんやのに、アンタ(がんばってほしい)があってんで」 「何をがんばらなアカンかったん?」 「手や足を清潔に出来る、がんばってほしいやてーっ!」  ぎゃははは~と笑う母を見て、 (それはお母さんががんばって欲しいとこやわ、子供の身なりぐらい整えたれよ)  明子は心の中で毒づく。 「お前、小汚かったもんな……」  父までがぼそぼそと呟いた。    結局片付けを散々手伝わされ(いやいい年をして力仕事をしまくる両親を見るに見かねて明子が勝手にやったことだが)取りあえずひと息吐いたところで母が言った。 「ありがとう。もう帰って」  その言い方よ……明子はまたしても深いため息が出た。  母は言葉が足りない。明子も子供達の夕食を作るのに忙しい時間やろ、こっちはもう良いよ、早く家に帰ったり、と言いたいのだと思う。わかっている、わかっちゃあいる、だがその言い方よ…… 「はいはい帰りますよ」 「あ、玄関にも色々置いてるから、いるモンないか見ていってな」 「へえへえ……」  玄関には明子の小学生の頃の絵日記や作文、習字、絵などが段ボールに詰め込まれていた。50歳になる明子の小学生の頃のものを大事に取って置いてくれたのだ。 (お母さんやねんなぁ、やっぱり……)  ふと気づけば今日の荷造りや段ボール詰めなどで明子の手にはささくれ(逆剥け)が出来ていた。 (ささくれは親不孝って言葉があったなぁ……)   ささくれが何故親不孝と言われるのか明子にはわからない。体調管理が出来ていないからなのか、ささくれのせいで親の手伝いが出来ないからなのか、はたまた「ささくれ立つ」という言葉からの発想か? (ささくれは親不孝……いや今日は親孝行したやろ。でもちょっと気分はささくれてたかも……) 「荷物捨てる日はまた呼んでよーっ、あんまり重いモン持ったらアカンでーっ!」  明子は玄関から大声で両親に叫んだ。 
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