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見知らぬ女に戸惑うアイザックに、リアンが冷たい声で伝える。
「おまえに会いに来たそうだ」
(うっ、機嫌が悪い……この女のせいだろうな)
「俺に何か御用ですか」
ぶっきらぼうに問うと、女は長いスカートを軽く持ち上げ、挨拶をした。
「わたくし、ダイール子爵家が長女オリヴィアと申します。先日は暴漢から助けていただき、ありがとうございました。なかなかお会いできないので、ご迷惑かと思ったのですが、こちらにお伺いさせていただきましたの」
(そう思うなら来なければいいのに)
アイザックは大きなため息をついた。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。ですが、事件関係者との個人的な接触は禁じられていますので、今後は何かあれば騎士団の方へお願いします。では失礼」
「お待ちください!」
話を切り上げようとしたアイザックの袖をオリヴィアが掴んだ。
「なっ――」
リアンの鋭い視線が飛ぶ。
「実は、お父様に頼んだら、アイザック様をうちで雇ってもいいとおっしゃったの。わたくしの侍従になっていただけましたら、今の何倍もお給料を出せますわ。第二騎士団って、危険なお仕事なのにお給料は少ないと聞きましたから、いいお話でしょ?」
とキラキラとした眼差しでアイザックを見上げる。
おそらく彼女に悪気はないのだろう。確かに、貴族で構成されている第一騎士団に比べ、平民で構成されている第二騎士団の給料は少ない。
だが、彼女の提案にアイザックは怒りを覚えた。確かに金は大事だが、金のためだけに騎士になったわけではないし、今ではこの仕事に誇りを持っている。
「有り難いお話ですが、お断りさせていただきます」
「まあっ、平民の分際でお嬢様の申し出を断るなんて!」
お供の侍女が声を荒げた。
「おやめなさい、マリー。アイザック様、今すぐ返事をなさらなくてもよろしいのよ」
「いいえ、考える余地はありません。二度とここに来ないでください。リアンは街の人達を守るために、命懸けで戦って大怪我を負った。そんな彼の前で、第二騎士団を侮辱するようなことを言わないでいただきたい」
「そ、そんなつもりでは……」
オリヴィアは掴んでいた手を離した。
「ごめんなさい。失礼なことを言ってしまったのですね。……あなたにも謝らなければ……ごめんなさい」
「俺はべつに……」
貴族の令嬢に謝られて戸惑うリアン。
少し考えなしではあるが、根は素直な女性なのだろう。
「……では失礼いたします。二度とこちらには参りませんからご安心を。行きますわよ、マリー」
***
馬車を見送った二人は、疲れた顔で家の中に入った。
「なんか、嵐が通り過ぎたみたい……」
「お嬢様の気まぐれってやつだろ」
「あーあ、せっかくビーフシチュー作ったのに冷めちゃったよ」
リアンがブツブツと文句を言う。
「俺が温めるから、リアンは座ってて」
(早く機嫌直してもらわないと)
アイザックは、いそいそと台所に向かった。
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