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あなたを消した理由
あなたが破滅的な状況に陥ったのは、それから間もなくのことでした。
深夜、階下から聞こえた両親の会話のせいです。
「愛は分かってくれるさ。なんせお姉ちゃんだからな」
父の声に母は、「大学くらいは行かせてあげたいじゃない」と、答えました。
「いい子すぎるほどいい子だから、お願いすれば聞いてくれるだろうけど」
「誠がレギュラーを取ったんだぞ。そちらを優先させるしかないだろう」
どうやら長男の誠を大学に進学させたい、という話のようでした。
「あきらめかけていたけど、レギュラーなら大学に推薦してもらえる」
弟はスポーツで進学しましたが、将来プロになるほどの天才は備わっていません。
将来の保険として、大学卒業という肩書をつけさせようということでした。
「ふたりを大学に行かせるのは無理なんだけど」
「知ってるさ、自分たちの稼ぎぐらい。だから言ってるだろ」
父の声は夜中に出すべきではないほど大きくなりました。
「誠は男なんだ。将来、家庭を持てるくらいの学歴を持たせないと」
あなたは母親の反論を待ちましたが、期待は裏切られました。
「あの子との約束を破ることになるけど……」
母は乾いた声で、「パパから、きちんと話をしてちょうだい」と続けたのです。
目の前がとつぜん、真っ暗になりました。
あなたは闇の中を手探りで部屋に戻ると、ベッドに突っ伏しました。
この三年間、若年介護者として献身的に自分の時間を費やしてきたのです。
「おばあちゃんは在宅介護が希望だ。その代わり、愛は絶対に大学に行かせる」
あなたが「いやなこと」を引き受けたのは、両親との約束があったからでした。
「いやだ、いやだ、いやだ……」
枕に顔をうずめ、ただひたすら「いや」と叫び続けました。
すがりついていた希望を奪われ、自己が崩壊しかけていたのです。
あなたの言動は、去年の夏あたりから異常の兆候を見せ始めていました。
まだ幼い頃、とくに弟の生まれるときに面倒を見てくれたのは祖母でした。
今ではその人が、「いや」の元凶、寄せ集めのようになっています。
そうとしか思えなくなった自分が、とてもいやでたまりません。
あの夜、両親の会話を聞いて、あなたはついに動作不良を起こしたのでした。
何をしでかすか分らない、とワタシは憂慮しました。
両親や弟を嫌悪して家を飛び出すおそれがあります。
祖母に害を加えるかもしれないし、自分を傷つけてしまうかもしれません。
結果は予測不可能でしたが、破滅的な事象を引き起こすことは確実でした。
その時点で、あなたはもう存在しない方がよくなっていました。
だからワタシは、あなたを消去しました。
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