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かわいそうな愛
あなたはかわいそうな人でした。
「どうして溜め息が出るんだろう」
部屋のドアを閉めると、あなたはそう言って顔を曇らせました。
「いやだな、こういうの」
あの頃のあなたは自分の状態をいつも、「いや」で表現していました。
「つかれた」
「遊びたい」
「いやだ」
「休みたい」
「くさい」
「ともだちとお茶したい」
「ねむい」
「すきなアニメも見られない」
「おもい」
「スマフォを開くひまもない」
「てがいたい」
「もう辞めたい」
「きたない」
「なんで私だけ」
「すぐ呼ぶし」
「いつまで続くの」
肉体や精神の苦痛、負荷などあっても、「いや」としか言えないのでした。
高校生のあなたは、日中ひとりで祖母の介護をしていました。
中学の頃は両親や弟の誠に遠慮なく不平不満をぶつけることが出来ていました。
でも最近は会話の機会すらありません。
大学受験を次の年に控えて、あなたには焦りが生じていたのでしょうか。
「最近、いやなことだらけ」
「あいちゃん、あいちゃん」
「また呼んでる」
今度はなんの用事かと、あなたは閉めたばかりのドアへと振り返りました。
「いやだなあ」
ついさっきまで、右手がしびれると言うので、両手で包んでさすっていたのです。
祖母の手は、骨にパラフィン紙を張ったような手ざわりでした。
コウモリの羽をなでている気分になりました。
あなたの指先から、紙やすりをかけるような音がかすかに生じました。
「あいちゃんの手が荒れている。わたしのせいだねえ」
ふいに自分が老け込んで、萎んだ風船のようになる幻影が浮かびました。
「いやだなあ」
ため息をひとつ、そうして左右に首をふります。
あなたは、「はあい」と声を上げて部屋を出ました。
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