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初討伐
グオオオオオ――――
すぐ目の前に大口を開けたドクオオトカゲが迫る。
肉食か草食かもわからない。ただ、奇妙なほどねっとりした粘膜が大きな口からじゅっと滴り落ちた。
「あ……」
「片喰さん!」
口から毒を吐くというルイの情報が頭を駆け巡る。
咄嗟に避けることも何か植物を出して覆うこともできず片喰はただ目を見開いたまま大きな口の中を呆然と眺めた。
これはだめだと思った刹那、風のような速さで人影が飛んできて目の前に立ちはだかった。
じゅ、じゅ…
押し倒されるような衝撃で思わず目を瞑る。炭酸水が弾けるような音とともに肉が腐ったような臭いが立ち込めた。
痛みや不快感はない。恐る恐る目を開けると、片喰はルイにしっかりと抱きしめられていた。
「ルイ…」
「あぁ…気を付けて。食われやしないけど、唾液に触れないでね」
ルイは自分の身体と医療鞄、白衣を広げて片喰を覆い隠していた。
ルイの全身からはしゅうしゅうと音を立てて煙が上がっており、べったりと粘着質な液体が付着し滴っている。
「うわ…!大丈夫か!?」
身を挺して毒から片喰を守ったのだと気付くのに時間はかからない。
ルイは片喰からゆっくりと離れると、毒を吐いた後ろのドクオオトカゲにメスを投げつけた。
メスが眉間に刺さったドクオオトカゲはもんどりをうって倒れた。
「大丈夫。これくらいの毒効かないよ。後ろのは僕に任せて、片喰さんはこっちのよろしくね」
「あ、あぁ…」
ルイは毒に濡れた白衣を脱ぎ棄て、草に絡まっているドクオオトカゲの背を蹴ると身軽にもう一方の方へと飛んでいく。
メスに強烈な毒でも仕込んであったのか、倒れた方のドクオオトカゲは痙攣していた。
ひとまわりも小さい推しに身を挺して守られたことに呆然としていた片喰は草が引きちぎられる音ではっと我に返る。
足元のドクオオトカゲが暴れ身をよじっていた。
片喰は再び拳を振り上げ思い切り力を籠める。熱く沸いた血が集中して腕の筋肉が膨張していく感覚がある。
握りしめた拳に植物の棘を纏わせて大きく振りかぶり、力の限りその体を殴りつけた。
「……っ、幻楽!」
皮膚の硬い感触が腕に痺れるように伝わる。しかし、それはほんの一瞬で、すぐに押し返して思い切り肉を押し込んだ。
一呼吸分の静寂後、皮膚や肉が弾け飛び大爆発する。想像以上の衝撃に片喰自身も勢い余ってドクオオトカゲの背から転げ落ちた。
「うわ……!!」
伏せて衝撃を押し殺す。ぼたぼたと肉片が落ち、すぐにまた森は静寂を取り戻した。
大きな音を立てて横転したドクオオトカゲの背は棘が刺さった上に大きく抉れ、もう少しで風穴があきそうになっていた。
片喰は自分自身の拳を見つめて青ざめる。
ゾウくらいある生き物を拳で潰したということだ。この腕にそれだけの腕力がある。
興奮と共に元居た世界ではありえない力を持てあます恐ろしさで気が遠くなりそうだった。
「片喰さん、大丈夫?」
音もたてずにもう一匹を仕留め切っていたルイがこちらに駆け寄ってくる。
ルイを守ろうと決めていて、実際に守られたのは片喰の方だ。
小さく華奢なルイが自分と同じ速度で同じ怪物を倒したことで片喰は己の未熟さに恥じ入った。
謝罪をしようとしたところで、小さく首を振ったルイにため息をついて降参だと言わんばかりに仰向けになる。
「あぁ…大丈夫だ」
「結構高火力で殴ったね。さすが武闘家…でも飛び散ると毒が危ないからもう少し制御できるといいかも」
どうも植物知識だけでなく、力の制御練習も必要なようだ。
「それじゃあ洞窟まで急ごう」
ルイは転がったままの片喰に手を差し伸べる、ふと浴びた毒を思い出して引っ込め、照れたように笑った。
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