割れたランプ

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割れたランプ

道すがら、毒にまみれたルイは医療鞄の中に仕舞われていた折りたたむ桶のようなもので川の水を汲み、ヒカリハナをすり潰して入れ、全身や鞄の毒を流した。 医療鞄は見た目に反して防水らしく中身は全て無事なようだった。 着替えはどうしたものかと片喰は植物で服を編む奇行に出ていたが、水浴びが終わったルイはまっさらな手術着と白衣を纏っていた。 「清潔じゃないといけないし、いつ僕の粘膜が服に付着するかわからないしね。着替えはたくさん持ち歩いてるんだ。片喰さんも汚れたら着替えていいから」 「…俺に着られるか?」 医療鞄にそのキャパシティはなさそうに見える。ゲームではインベントリがあったため、もしかするとそういう能力や魔道具があるのかもしれない。 タオルで拭いただけのルイの髪がしっとりと濡れてより一層光を放つ。 風邪をひかないか不安ではあったが、ドライヤーもなければこの陰湿な空気と薄暗さではなかなか乾かないだろう。打つ手はない。 そう考えると風属性はかなり利便性が高そうだ。次にゲームで遊ぶことがあれば風属性が出るまでリセマラしてみてもいいかもしれない。 もちろん、ゲーム上では戦闘でしか使用しないためそういった効果は感じないのだが。 あれこれ考えながら森を奥へ奥へと進む。ルイは片喰に、目につく植物は全て教えた。ただ、効能ばかりで戦闘に役立つかはわからない。 そのうち薬剤師のようになりそうだと片喰はぼんやり考えていた。医者の推しと一緒に働く薬剤師。悪くない。 森は進むたびに薄気味悪さを増し、時間感覚も失っていく。最初に入り口の方で出会った二匹のドクオオトカゲ以外は何も見かけなかった。 途中で少し大きめの虫型モンスターこそいたが所詮は少し大きい虫だ。 拍子抜けではあるが、初心者向けの森のためそもそも危害を加える生物を多くは設定していない。初陣にしてはちょうどよかった。 一応人が通れるようにある程度整っていた道がじきに完全な獣道に変わる。 ルイが言うには、木属性なら極めれば自然発生の植物も言うことを聞いてこういう獣道でもどいてくれるようになるとのことだ。 片喰にはまだやり方の気配すら感じることができなかったため腕力で枝や葉を押しのけながら進む。 方位磁針のようなものを見ながら進むルイについてきているが、この道で合っているのかと疑い始めた頃開けた場所に出た。 「あぁ…あった」 今まで進んできたところよりも少しだけ明るい。行き止まりのように木々に覆われた岩山が立ちふさがっているが、その真ん中には大きな穴があいていた。 「これが毒の洞窟?…暗いな」 入り口に立ってみるも、奥は見通せない。 「洞窟って言っても、実情はただのドクオオトカゲの巣なんだ。なのに全然気配がない…」 穴に踏み入ると周囲の温度が急速に下がる。獣道を歩いてかいた首周りの汗が冷えて体の熱を奪っていくようだった。寒さと恐怖が背筋を走る。 コツ、コツとルイのブーツのヒールが立てた音が反響する。中は随分と広く天井も高い。 ゾウほどの大きさがあるドクオオトカゲが暮らしているのだから当然と言えば当然だが、洞窟というからには鍾乳洞のような狭く息苦しい空間を想像していた片喰はかえって怖くなった。 「暗いな…」 ルイは医療鞄から丸いガラスのようなものを取り出す。そこにふっと息を吹きかけるとガラス玉は発光し、お互いの顔と足元、少し先くらいまでは見えるようになった。 ルイの瞳に刻まれている文様がぼんやりと照らされて浮かんでいるように見える。 「懐中電灯かそれ、おしゃれだな」 「かいちゅうでんと?ランプだよ。火属性じゃないから魔力に反応するクリアマテリアルで作られているものだけど」 話す声が大きく響く。足元は悪く、視界も悪い。 少しずつ天井や道は狭くなってきており、分かれ道のような複雑な構造も出てきた。 それでも、奥へ奥へと進んでも生き物の気配がないことがこの洞窟の怖さを引き立てていた。 ドクオオトカゲの一匹や二匹、出てきてくれたほうが気も紛れる。 髪が湿っているルイは、口元にスカーフをあてているため息こそ白くはないがより寒そうだ。片喰はジャケットを脱いでルイの肩にかける。 「いいのに。ありがとう」 「医者が風邪をひいてちゃ洒落にならんだろ」 「それもそう―――」 ルイが遠慮がちに笑って片喰を見上げる。その瞬間、ふっと明かりが消え、次いで鏡が粉々に砕けるような尖った音がすぐ近くで鳴り響いた。 パリン――― 「なんだ!?」 「ランプが…!」 砕け散ったのはルイが抱えていたガラス玉だった。光に馴染んでいた視界は急な暗闇に反応できず、簡単に奪われた。 何が起こったか把握できないまま片喰は急いでルイの肩を引き寄せる。 「ルイ、離れるな。ドクオオトカゲか?」 「いや、それにしては気配がない…」 ルイが手袋に付着した破片を払う気配がする。しかし、それだけだ。あれだけ大きなドクオオトカゲがいるような感じはしない。 息を殺して気を張りつめる。目を凝らし耳を澄ませると、かすかに何かが飛来する気配を感じた。 「…危ない!」 感覚に任せて身をよじり避ける。背後でドン、と壁に何かがぶつかる音がして片喰は何かがいることを確信した。 「なんだ…?」 「ん?あれ?仕留めてなかった?」 急に見知らぬ人の声が響き、ルイと片喰はそろって警戒態勢をとる。心臓が早鐘を打ち、落ち着けようにも息が勝手にあがった。 いる。目の前に。 今までいなかった何かが、確実に現れた。 先程まで何の音もしなかった空間に、ルイのヒールとはまた違うカコ、カコといった軽い足音が響く。 片喰は警戒して固まるルイを自分の後ろに庇った。 「…だれだ?」 低く唸るように声をかける。暗闇に徐々に慣れてきた目は、前方に確かな人影を捉える。 先程飛来したものは何かわからないが、攻撃であることに間違いはない。 「ん~、そっちこそ誰だよ。俺たちの別荘地にさァ」 「…別荘地?」 「ここに住んでるのはドクオオトカゲのはずだ。お前はドクオオトカゲなのか?」 ルイが背後から厳しい口調で詰問する。 人影はおかしそうにクスクス笑った。 「君たちには俺がそう見えるの?…月気(げっき)」 突如前方にぼわっと光が灯る。優しい柔らかな光だが、暗順応していた目には眩しい。 何度か目を瞬かせて目の前の人影を捉える。 柔らかな光の中でも映える伊吹色の着物に緑の帯をしめ、高い下駄を履いた男だ。 着物と同じ色の髪や手首・足首につけている飾りがじゃらじゃらと光を反射し、とにかく明るい。 「ねェ…なにしにきたの?」 目を細めた男の瞳は、右と左で色が違っていた。
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