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朝食が届いた合図で目が覚める。 体は気怠く重いが、どことなくすっきりとした目覚めだ。片喰は隣で丸くなって寝ているルイを起こさないようにとそっとベッドから降りる。 先に身支度を済ませ朝食をとっていると、匂いにつられたのかルイが起きてきた。 「ん…おはよう…」 「あ、あぁ。おはよう…」 昨日のことを思い出して気恥ずかしくなりぎこちなく挨拶する。 ルイは全く気にしていないようで、さっさと洗面や身支度を済ませて隣へ腰かけて朝食に手を伸ばした。 きっちりと手術着のようなものと白衣に身を包み髪を整えたルイと昨日あんなことがあったとは到底思えない。 夢かもしれないとまで思えてくる。それでも、洗われて干されたタオルや汚れたバスローブは確かに事実だったことを告げている。 「今日は洞窟まで行くからね。行きすがら、片喰さんの能力練習もしよう」 「あぁ」 横並びだと、食べながら喋るのにも抵抗がなくなっているようだ。心なしか距離も近い。 片喰は今から戦闘に行くとは思えないような心持ちだった。 「さぁ、行こうか」 「そうだな」 ルイがドアに付属している機械にお金を入れる。そのまま外へ出て、明るい日のもとで改めて今までいた建物を見ると本当にいかにもといった宿だった。 ルイも同じことを思っているような顔で複雑そうに眺めている。 街は夜ほど賑わっておらず、どの店もまだ開店していないようだった。 昨日来た道をたどって森の入り口まで移動する。鬱蒼と木の茂る森は、まだ朝だというのにじっとりと薄ら暗く底冷えする寒さだった。 「ヒカリハナがあればついでに練習しよう」 「見つけたら教えてくれ」 都会育ちの片喰にとって森は未知の領域だ。少し怖気づいてルイの後ろに下がってしまったが、ルイは全く気にせずどんどんと中へ進んで行った。 「人の生活領域まで来てるって書いてあったから、おそらくこの辺からもういると思うんだ。気を付けてね」 「おう……」 森の中は、複雑に草木が生い茂り鳥や謎の生き物が不気味な声を響かせている。 すぐ足元でがさがさと生き物の気配がして、そちらに気を取られると今度は頭上で気配がする。 忙しなくあちことを警戒する片喰にルイは不思議そうな顔をした。 「片喰さん、怖いの?森」 「え、い、いやそんなことは…」 ぎゃあ、と大きな鳥が鳴く。片喰は驚いて飛び上がった。 ルイは大男が飛び上がって怖がるさまを見て笑い転げるでもなく、どこか安心したような表情をしている。 「大丈夫だよ。この森に人を食うような生き物はいない」 「そ、うだろうが…」 「あっ!ヒカリハナだ!」 「おい、ルイ待て!おいていくな!」 ルイが手にした花は確かにその名の通りぼんやりと光を放つ青色の花だった。アオヒカリハナというそのままな名前らしく、ヒカリハナ系統の中でも特に凡庸なものらしい。 その通り、見よう見まねで出してみたがツキノシズクのような燃える痛みはなくいくつでも咲かせることができた。 ルイが口に入れたアオヒカリハナはじわじわと光を失い、やがて枯れる。失敗かと聞くと、ヒカリハナぐらいではルイの毒は無効化できないだけのようだ。 「これくらい耐えてれば十分だよ」 「そういうものか」 ヒカリハナをたくさん咲かせるとぼんやり明るくなり気味の悪さも少しはましだ。 片喰は腕にいくらかのヒカリハナを咲かせたままルイについて奥に進む。 道中でルイは片喰にいくつかの植物を解説しながら進んだ。丈夫な植物や食用の花など、見て覚える。 「…!しぃっ」 「?」 森の入り口から十数分ほど進んだところで大き目の動物が移動するような揺れが起きた。 ルイは片喰の体を引き寄せて息をひそめる。 よく耳を澄ませると、地響きの中でびた、びたという水に濡れたような足音がこちらに近付いて来ていた。 「…ドクオオトカゲか?」 「…そうだね。少なくとも2匹はいそうだな。番で行動するんだ…」 ルイは医療鞄からメスを取り出す。片喰はルイを後ろにすると手に蔦を巻きつかせた。 「ドクオオトカゲは毒を吐く。正面からの接近戦は禁物だ。蔦で足を縛って、後ろから戦うのがいいと思う」 「わかった」 草陰に身をひそめ森の奥を見つめる。足音が大きくなるにつれ、その姿が目に入った。 大きなゾウほどの体格の、オオサンショウウオのような生き物だ。緑と赤の斑模様はいかにも毒があると言っている。 ゲームで見たままの生き物に片喰は思わず立ち上がりそうになった。 「あぁ~、初心者の定番狩場だよなぁ…」 「?」 ドクオオトカゲはルイの見立て通り2匹で行動しているようだった。ゆっくりと歩んではきょろきょろとあたりを見回している。 「手前のトカゲの方が狩りやすそうだ。ルイはここで隠れてろ」 ルイに声をかけると、片喰はぐっと足に力を籠める。地面を蹴って飛ぶと人間とは思えない速度でドクオオトカゲの背後に移動した。 「い…っ!?」 予想を超える踏切りに片喰自身が一番驚く。確かにゲームで背後に回るコマンドもあるが、実際に体験すると脳の処理の方が追い付かない。 ドクオオトカゲは片喰に気付いていないようで、あらぬ方を向いていた。 「…っ、ヘデラ・カナリエンシス!」 空中で体幹を保ったまま腕を伸ばし教えてもらった植物を思い描く。 ドクオオトカゲの足元に物凄い勢いで大量の葉と蔦が生え、四つの脚を地面に固く縛り付けた。 オォオォオオ――――― ドクオオトカゲが自由を奪われてもがく。 片喰は尻尾に着地すると、思い切り踏み込んで一瞬で背中へのぼった。 こんなに脚が言うことを聞きすぎたことはない。飛べるのかと思うほど体が軽い。 ドクオオトカゲは首がなく、後ろを振り返ることができない。 片喰は背中に手を付けて地面の蔦がドクオオトカゲの体全体を包み込むイメージをした。 「ぐ、グレーシャー!」 足元の蔦から種類の違う葉と蔦がめきめきと登ってくる。グレーシャーの葉と蔦はドクオオトカゲに首輪をするように体に巻き付き、完全に動きを封じた。 「はぁ、はぁ、た、体力使うな…」 葉や蔦自体は教えてもらったなるべく汎用性の高いものを出したつもりだったが、これだけの量となるとかなり疲弊するようだ。 長くは持たないだろう。身をよじり逃げようとするドクオオトカゲに片喰は拳を振り上げる。 武闘家のキャラクターは武器を持たない。素早さと力にステータスを振り分けて、属性を使いながら素手で殴って敵を倒す。 熱くなる拳を振りかぶりながら、片喰は技名を必死で思い出していた。どんな技があっただろうか。 大物を一撃で倒すのは確か…… 「片喰さん、後ろ危ない!!!!!!!」 ルイの声ではっと我に返る。 振り返ると、目の前でもう1匹のドクオオトカゲが大きく口を開いていた。
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