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「ん? どうしたん?」
踏ん張っていたのは、カシスのビンだ。元はリキュールが入っていた、細身で壺型のオシャレなビン。
床に根を張ったみたいに、抵抗して離れてくれない。
「ほら、ちゃんとリサイクルされよ?」
強く力を入れて床から引き剥がすと、ベリッと皮が剥けるような音がして、ビンは床にまんまるの跡を残した。
洗い残しの甘いカシスが床で乾いて固まった、薄い色合いのまあるい紫が目に飛び込んでくる。
色んな割り方でカクテルを楽しんでいた日々が懐かしい。日々は少しずつ、私から甘いカシスを奪っていった。
いじわるだよ。こんなのを、今の私に見せるだなんて。
「きれいにしなきゃね」
手近にあったキッチンペーパーを水で濡らし、床を擦ってまるの跡を消した。私の左手の薬指と一緒だ。あったものが、なくなる。まるはキレイさっぱり消えた。
消えたまるの跡地に、濡れた指で透明なバツを描く。
今日はちょうど良い日だ。別れるための、書類を書くのに。
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