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その日の夜、シャワーを浴びて自分の部屋で宿題をしていると、聡一兄ちゃんが救急箱を片手にやってきた。
僕の肘と膝に一か所ずつ巻かれた包帯を変えてくれるのだと言う。自分でやるからいいと断ったが、ここでも彼は折れなかった。しぶしぶ膝を差し出せば、包帯を解かれて傷跡を消毒される。
「痛いっ!」
悲鳴のような声を上げると、兄ちゃんはふっと笑って僕の頭を撫でてくる。またもやぎゅっと胸が締め付けられて、目じりに涙が溜まった。
「泣くなよ」
「……泣いてない」
けれどまた僕はわけもわからず嗚咽してしまった。
「……そんなに痛かった?」
違う。僕は首を横に振る。確かに傷跡はヒリヒリしたけど、泣くほどじゃない。痛むのは胸だ。ずっとぽっかりと空いたままだった胸の穴に、嬉しさやら恥ずかしさやら切なさや苦しさやら色んな感情がどっと流れ込んでくる。
僕はこのとき初めて、ずっと自分が寂しかったのだと知った。
* * *
それ以来、僕は兄ちゃんと家事を分担するようになった。
あるとき夕食のカレーに入れる野菜を切っていると、隣から「手際がいいな」と呟かれる。僕は驚いて兄ちゃんの顔を見た。
「ハルは料理が上手い」
「……聡一兄ちゃん、僕の料理好きじゃないのかと思ってた」
「なんで?」
「だって、いつも僕が料理してると『そんなことしなくていい』って言うから」
「それは……」
彼は困ったように頬を掻いた。
「ハルは家事なんてしないで遊んだり勉強したりしてればいい、って意味だった。……ハルの料理が好きじゃないわけじゃない」
僕は口元を緩ませた。兄ちゃんは不器用な人だ。
「……代わりに俺が、って思ったけど、俺はハルみたいに上手くできない」
「料理はお父さんが作ってたの?」
「……いや、カップ麺とか、コンビニ弁当とか」
「毎日?」
「うん」
「じゃあ僕が教えてあげるよ。これから一緒に作ろう」
思わず得意げに言うと、彼はふっと微笑んだ。
* * *
この頃の僕は、母さんや父さんといる時間よりもずっと聡一兄ちゃんといる時間の方が長かったように思う。兄ちゃんは口数が少なくて、僕たちの間にたくさん会話があったわけではなかったけれど、僕にはかえってそれが居心地よかった。
頭のいい聡一兄ちゃんは、県ではトップの難関高校に進学した。電車通学で、一緒にいられる時間はぐっと短くなったけれど、相変わらず僕たちはよく一緒に料理をしたし、勉強でわからないところがあればいつでも教えてくれた。
兄ちゃんのおかげで、僕も中学に上がる頃にはそれなりに成績もよくなって、学校で見下してくるような生徒もほとんどいなくなっていた。
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