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以前から死を望む人間は一定数いたが、自殺は禁忌的で極めてグレーな扱い。法治国家である本国でさえ、自殺そのものを処罰する法は存在しなかったのだ。とはいえ自殺教唆や自殺幇助は明確に関与した生き人を罪に問うてきた。そしてこの度自殺を忌みする慣思想を改め、我が国日本はある条件下に限り自殺を容認すると新たに法律を制定したのである。
引き続き自殺教唆や自殺幇助は罪として成立するが、例外として自殺幇助の専門的な知識を有する国家資格保持者、「自殺幇助士」の下で自殺を遂行することが認められた。
その背景には、電車のダイヤが乱れたり、地主や大家さんへの被害を最小限に抑えるなど意図あってのもの。要約すれば、迷惑かけずに死ぬなら許す。という国からの通達だ。
そして僕は今日、またひとりの自殺志願者の元へ向かう。
四方を囲むやたら堅牢そうな桂垣。その中にそびえ立つ豪勢な館が依頼人の住居である。
自殺志願者である独居老人は快く僕を迎い入れ、見たことのないような高い天井のリビングへ僕を案内した。
老人がソファへ腰掛け、僕も対面のソファへテーブルを挟んで浅く座った。
「それではまず、カウンセリングから開始します」
自殺幇助士は、手順を間違えると自殺志願者の遺族から訴訟されてしまう恐れがあり、慎重にことを進めることが重要である。過去の判例で、自殺幇助サービスを展開する民間事業者が、国のマニュアルに従い遂行していたにも関わらず敗訴した事例もあり、リスクの高い職種であることは周知されている。
その分高いリターンも約束されており、たった一年従事するだけで通称になぞらえて送り人が億り人になるとも。それもそうだ。死者に金なんていらない。財布の紐が緩くなるとかいう次元を通り越して、彼らは金庫の鍵ごと差し出す。
「他の依頼人は君へ最後になんと言い、この世を去ったのかね?」
自殺志願者の老人は言った。
わりとこの手の質問は多い。死の岬へ至ってなお、他人の動向を気にするところが初めは理解できなかったが、最近ようやくわかりつつある。おそらく人間の付和雷同の精神が、この言葉をつい口にしてしまうのだろうと。
自殺志願者は内実、自殺という選択を取ろうとしている淵でも、人として“普通ではない”“画一的ではない”自分を遠ざけるのだ。人間とは多分そういう仕組みで出来ている。
残酷だと思う。でも僕はこう言うしかない。
「秘密保持の観点から申し上げることかないません」
自殺を望む人が最後自殺幇助士へ何と告げるのかを世間は知らない。【自殺者の最後の言葉たち】なんて本を元自殺幇助士が出版したら売れるかもしれないが、退職後であっても業務上知りえた知見を公表することは禁止されている。
本当は秘密保持契約なんて無視してこの老人にも教えてあげたいし、きっと老人の意思を肯定することに繋がると信じている。もし叶うならば、老人の中に存在する自殺という罪の意識をスッと軽くしてあげることもできるだろうに。
「ならば、質問を変えよう。君は私が最後になんと言うと思うかね」
自殺志願者は比較的穏やかな気質の人が多く、そして、賢い。
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