さようなら、私の全てだった人

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 胸の痛みは、一晩寝たらすこしマシになっていた。まだ奥の方で疼いて、重くのし掛かってはいるけど。  サークルのグループメッセージは退会したし、先輩のSNSはもう見れないように履歴を消した。覚えていなければ、見つけることもないだろう。  学科だって違うから、サークル室に行かなければ会うこともきっとほとんどない。  店員さんが差し出したケースを受け取れば、胸の奥がすうっと軽くなっていく。 ――私、何をしに来たんだっけ。 「はい、お売りいただきありがとーございまーす」  店員さんが手に持っていたケースを奪い取るように、私の手から取り上げる。そして、手のひらに五千円札を押し付けた。 「これは?」 「記憶の買取です」 「どんな?」 「思い出すきっかけになりかねないんで、答えられないんすよ。さーせん」  そっかそっか、と言葉にしてから頷く。売りに来たくらいだ、大した記憶じゃない。もしくは、思い出さない方がいい記憶だろう。  五千円札を見つめて、何に使おうか考える。秋に向けて欲しかったベルベット生地でも買いに行こうか。 「ありがとうございました、あ、この店出たら忘れるんでお気をつけてー」  取ってつけたような言葉に、ふふっと笑ってしまう。言葉遣いは雑だけど、優しい人なんだろう。  店から出れば、強めの風が体に吹き付けた。こないだ作ったばかりのスカートが、キレイな形でふわりっと浮かび上がった。  独学でキレイに作れたな、と自負している。  次は何を作ろうか。秋用の服がいいなとも思ったけど、夏用のスカートをもう一着でもいいかもしれない。今なら、またキレイに作れる気がする。  もう一度吹きつけた風が、芽吹きはじめた花の香りを運んでくる。 <了>
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