長谷川センセイ 13

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 私は、長谷川センセイの後について、歩いた…  長谷川センセイは、緊張していた…  明らかに、緊張していた…  それは、長谷川センセイの後について、歩いている私にも、わかった…  緊張している様子が、手に取るように、わかった…  私は、なぜ、長谷川センセイが、これほど、緊張しているのか、わからなかった…  ただ、緊張している様子が、長谷川センセイの背後にいる私からでも、わかった…  なんとなく、長谷川センセイのカラダが、ぎこちないのだ…  ロボットでは、ないが、ギクシャクしているのだ…  いや、  ロボットとまでは、いわなくても、病人みたいとでも、言えば、いいのか?  病人といっても、末期でも、なんでもない、回復途上の病人とでも、いうか…  一見、普通に見えるが、どこか、動きがおかしい…  ぎこちない…  そんな感じだった…  そして、私は、そんなロボットのような、どこか、ギクシャクした長谷川センセイの後について、歩いた…  五井記念病院内を歩いた…  歩いて、伸明のいる、VIPの病室を目指した…  伸明のいる、VIPの病室は、当たり前だが、ホテルのスイートルーム同様の最上階にあった…  五井記念病院の最上階の最も、眺めの良い部屋だった…  伸明のいる、部屋の前には、守衛がいた…  守衛=警備員が立っていた…  しかも、二人…  それも、スーパーや、どこかで、見るようなシルバー世代の老人では、ない…  三十代ぐらいの屈強な男たちだった…  明らかに、武道の心得があるように、見える…  だから、警備員というより、ボディーガードのようにも、見えた…  私の目には、まるで、伸明を護衛するボディーガードのように、思えた…  そのボディーガードに、  「…この五井記念病院に勤める長谷川です…ただいま、寿綾乃さんを、連れて来ました…」  と、長谷川センセイが、丁寧に、挨拶した…  そして、  「…事前に、諏訪野伸明氏には、連絡済みです…」  と、付け加えた…  …連絡済み?…  …って、ことは、長谷川センセイは、伸明さんと知り合い?…  …長谷川センセイは、伸明さんと連絡が取れる仲なの?…  …そんなに、親しいの?…  一瞬にして、そんな、さまざまな疑問が、私の脳裏に浮かんだ…  が、  長く考えている時間は、なかった…  守衛二人が、私と長谷川センセイを病室に招き入れたからだ…  私は、長谷川センセイの後について、病室に入った…  そこには、伸明がいた…  夢にまで、見た伸明がいた…  いや、  夢にまで見たというのは、言い過ぎ…  現に夢で、伸明を見たことは、一度もない…  しかしながら、ずっと、伸明と会いたかったのは、事実…  紛れもない事実だった…  その伸明が、今、目の前にいる…  だから、これは、夢…  まさに、夢だった…  「…寿さん…」  私の顔を見るなり、伸明が、言った…  「…お久しぶりです…」  伸明が、言う…  私は、その姿を見て、驚いた…  伸明は、病人の恰好をしていなかったからだ…  まったくの、普段着だった…  だから、その姿を見て、あらためて、伸明は、仮病というか…  汚職政治家同様、病気を名目に、この五井記念病院に逃げ込んだと、思った…  あらためて、確信した…  そして、私が、そんなことを、思っていると、  「…長谷川センセイ…ありがとうございます…」  と、伸明が、長谷川センセイに、声をかけた…  長谷川センセイは、  「…いえ、とんでもありません…」  と、返した…  私は、とっさに、  「…お知り合いですか?…」  と、伸明に聞いた…  「…寿さんの主治医としてね…」  と、伸明が、茶目っ気たっぷりに、言った…  「…私の主治医として…」  「…そうです…それ以上でも、それ以下でもない…」  長谷川センセイが、答える…  「…以前、寿さんが、この五井記念病院に入院しているときに、長谷川センセイとお会いしました…」  伸明が、言う…  「…それ以上でも、それ以下でも、ありません…」  伸明が、たった今、長谷川センセイが言った言葉と同じ言葉を言った…  と、いうことは、やはり、伸明は、この長谷川センセイが、五井一族だということは、知らない?…  長谷川センセイが、五井西家の血を引いていることを、知らない?…  と、思ったが、聞くことは、できなかった…  なぜって、私は、門外漢とでも、呼ぶべき存在…  五井の一族でも、なんでもないからだ…  だから、聞くことは、できなかった…  が、  知りたい…  それは、事実…  事実だった…  抑えられない事実だった…  だから、私は、無言で、二人を見た…  長谷川センセイと、伸明を、交互に見た…  すると、二人とも、私の意図に気付いたようだった…  とりわけ、伸明は、私の意図に、すぐさま、気付いたようだ…  「…寿さん…そんなに、ジロジロ見ないで、下さい…」  と、伸明が、抗議する…  「…そんなに、見ても、なにもありませんよ…」  私は、それでも、無言で、伸明と、長谷川センセイを見比べた…  すると、伸明は、  「…やめて、下さい…」  と、繰り返した…  が、  私は、やめなかった…  二人というより、そんな発言をした、伸明を、見続けた…  すると、さすがに、伸明も、なにも、言わなくなった…  無言で、私を、見つめ返した…  どうして、そんなに、ボクを見るのか?  わけが、わからないと、言った様子だった…  が、  そんな伸明に、長谷川センセイが、助け舟を出した…  「…きっと、寿さんは、藤原さんのことを、怒っているんだと、思います…」  長谷川センセイが、伸明に告げる…  「…藤原さん? …藤原ナオキさん?…」  「…そうです…」  長谷川センセイが、言う…  「…藤原さんの会社を、五井が、乗っ取ろうとしている…それで、寿さんは、諏訪野さんを、怒っているんだと、思います…」  長谷川センセイが、私の心境を推し測って、告げる…  が、  実は、私は、そんなことは、考えてなかった…  これっぽっちも、考えてなかった(苦笑)…  私が、今、考えていたのは、二人の関係…  あくまで、伸明と長谷川センセイの関係だ…  長谷川センセイは、五井一族…  血が薄いとは、いえ、五井西家の血を引いている…  それを、伸明が、知っているか、否か?  さらには、それを、知っているからこそ、長谷川センセイと伸明は、特別に親しい関係なのか、否か?  要するに、二人の距離感を知りたかった…  この二人が、どれだけ、親しいのか?  知りたかった…  なにしろ、今、この五井記念病院のVIPの病室に、簡単に入れたのだ…  入口に屈強なボディーガードがいる病室に、簡単に入れたのだ…  当然、伸明の許可がいる…  当たり前だが、事前に長谷川センセイが、伸明に、私を連れて来ることを、伝え、入室する許可を、伸明から、得た…  だから、簡単に入れた…  許可を得なければ、あの屈強な守衛に、拒否されただろう…  決して、この病室に入れてくれなかっただろう…  さっきの会話からも、それが、わかる…  つまりは、普通に考えれば、それほど、親しい関係に見える…  だから、二人の距離感が、気になった…  気になったのだ…  ナオキよりも、気になった…  いや、  当然、ナオキのことは、気になる…  この伸明が、ホントに、ナオキから、FK興産を取り上げようとしているのか?  気になる…  が、  今は、それよりも、眼前の二人の関係の方が、気になった…  そういうことだ…  私が、そんなことを、考えていると、  「…藤原さんの会社、FK興産の買収は、ボクの意思じゃない…」  と、突然、伸明が、言った…  「…ウソ!…」  思わず、叫んだ…  反射的に、叫んだ…  例えば、誰かから、右の頬を殴られたら、考えることなく、反射的に、相手の頬を殴り返す…  それと、同じだ…  「…ウソじゃない!…」  と、これも、伸明が、すぐに返した…  私が、反射的に返したのと、同じ…  同じように、すぐに、返した…  「…でも、寿さんが、そう、思うのは、わかる…」  「…わかる?…」  「…ですが、誤解です…」  「…誤解?…」  「…そう…誤解です…ボクは、藤原さんの会社を乗っ取ろうと、したことは、ありません…」  伸明が、気色ばんで、言う…  私は、  …それって、本当?…  と、思った…  が、  しかし、それを、口にすることは、できなかった…  それは、伸明の表情が、必死だったから…  必死になって、否定したからだ…  だから、できなかった…  伸明の言葉が、ホントか、どうかは、わからない…  しかしながら、一方が、  「…ウソ!…」  と、言い、もう一方が、  「…ウソじゃない!…」  と、否定する…  これでは、らちが明かない…  「…ウソ!…」  「…ウソじゃない!…」  と、いつまで、経っても、言葉の応酬を繰り返すだけだ…  だから、私は、なにも、言わなかった…  押し黙った…  するとだ…  伸明が、  「…寿さんの気持ちはわかります…」  と、勢い込んで、言った…  「…わかる? …私の気持ちが? …どうして、わかるんですか?…」  私は、伸明に食ってかかった…  「…寿さんは、藤原さんの秘書だった…社長秘書だった…それに、事実上、寿さんは、藤原さんの公私共にパートナーだったんでしょ?…」  伸明が、言う…  私は、なんと、答えて、いいか、わからなかった…  たしかに、その通りなのだが、それを、面と向かって、伸明に言われたことは、なかった…  だから、驚いたと、同時に、返答に困った…  どう答えて、いいのか、困った…  これから、もしかしたら、伸明と結婚するかも、しれない…  もしかしたら、結婚できるかも、しれない、伸明の前で、過去の男のことを、アレコレ言われるのは、困る…  実に、困った事態だった(苦笑)…                <続く>
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