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私は、長谷川センセイの後について、歩いた…
長谷川センセイは、緊張していた…
明らかに、緊張していた…
それは、長谷川センセイの後について、歩いている私にも、わかった…
緊張している様子が、手に取るように、わかった…
私は、なぜ、長谷川センセイが、これほど、緊張しているのか、わからなかった…
ただ、緊張している様子が、長谷川センセイの背後にいる私からでも、わかった…
なんとなく、長谷川センセイのカラダが、ぎこちないのだ…
ロボットでは、ないが、ギクシャクしているのだ…
いや、
ロボットとまでは、いわなくても、病人みたいとでも、言えば、いいのか?
病人といっても、末期でも、なんでもない、回復途上の病人とでも、いうか…
一見、普通に見えるが、どこか、動きがおかしい…
ぎこちない…
そんな感じだった…
そして、私は、そんなロボットのような、どこか、ギクシャクした長谷川センセイの後について、歩いた…
五井記念病院内を歩いた…
歩いて、伸明のいる、VIPの病室を目指した…
伸明のいる、VIPの病室は、当たり前だが、ホテルのスイートルーム同様の最上階にあった…
五井記念病院の最上階の最も、眺めの良い部屋だった…
伸明のいる、部屋の前には、守衛がいた…
守衛=警備員が立っていた…
しかも、二人…
それも、スーパーや、どこかで、見るようなシルバー世代の老人では、ない…
三十代ぐらいの屈強な男たちだった…
明らかに、武道の心得があるように、見える…
だから、警備員というより、ボディーガードのようにも、見えた…
私の目には、まるで、伸明を護衛するボディーガードのように、思えた…
そのボディーガードに、
「…この五井記念病院に勤める長谷川です…ただいま、寿綾乃さんを、連れて来ました…」
と、長谷川センセイが、丁寧に、挨拶した…
そして、
「…事前に、諏訪野伸明氏には、連絡済みです…」
と、付け加えた…
…連絡済み?…
…って、ことは、長谷川センセイは、伸明さんと知り合い?…
…長谷川センセイは、伸明さんと連絡が取れる仲なの?…
…そんなに、親しいの?…
一瞬にして、そんな、さまざまな疑問が、私の脳裏に浮かんだ…
が、
長く考えている時間は、なかった…
守衛二人が、私と長谷川センセイを病室に招き入れたからだ…
私は、長谷川センセイの後について、病室に入った…
そこには、伸明がいた…
夢にまで、見た伸明がいた…
いや、
夢にまで見たというのは、言い過ぎ…
現に夢で、伸明を見たことは、一度もない…
しかしながら、ずっと、伸明と会いたかったのは、事実…
紛れもない事実だった…
その伸明が、今、目の前にいる…
だから、これは、夢…
まさに、夢だった…
「…寿さん…」
私の顔を見るなり、伸明が、言った…
「…お久しぶりです…」
伸明が、言う…
私は、その姿を見て、驚いた…
伸明は、病人の恰好をしていなかったからだ…
まったくの、普段着だった…
だから、その姿を見て、あらためて、伸明は、仮病というか…
汚職政治家同様、病気を名目に、この五井記念病院に逃げ込んだと、思った…
あらためて、確信した…
そして、私が、そんなことを、思っていると、
「…長谷川センセイ…ありがとうございます…」
と、伸明が、長谷川センセイに、声をかけた…
長谷川センセイは、
「…いえ、とんでもありません…」
と、返した…
私は、とっさに、
「…お知り合いですか?…」
と、伸明に聞いた…
「…寿さんの主治医としてね…」
と、伸明が、茶目っ気たっぷりに、言った…
「…私の主治医として…」
「…そうです…それ以上でも、それ以下でもない…」
長谷川センセイが、答える…
「…以前、寿さんが、この五井記念病院に入院しているときに、長谷川センセイとお会いしました…」
伸明が、言う…
「…それ以上でも、それ以下でも、ありません…」
伸明が、たった今、長谷川センセイが言った言葉と同じ言葉を言った…
と、いうことは、やはり、伸明は、この長谷川センセイが、五井一族だということは、知らない?…
長谷川センセイが、五井西家の血を引いていることを、知らない?…
と、思ったが、聞くことは、できなかった…
なぜって、私は、門外漢とでも、呼ぶべき存在…
五井の一族でも、なんでもないからだ…
だから、聞くことは、できなかった…
が、
知りたい…
それは、事実…
事実だった…
抑えられない事実だった…
だから、私は、無言で、二人を見た…
長谷川センセイと、伸明を、交互に見た…
すると、二人とも、私の意図に気付いたようだった…
とりわけ、伸明は、私の意図に、すぐさま、気付いたようだ…
「…寿さん…そんなに、ジロジロ見ないで、下さい…」
と、伸明が、抗議する…
「…そんなに、見ても、なにもありませんよ…」
私は、それでも、無言で、伸明と、長谷川センセイを見比べた…
すると、伸明は、
「…やめて、下さい…」
と、繰り返した…
が、
私は、やめなかった…
二人というより、そんな発言をした、伸明を、見続けた…
すると、さすがに、伸明も、なにも、言わなくなった…
無言で、私を、見つめ返した…
どうして、そんなに、ボクを見るのか?
わけが、わからないと、言った様子だった…
が、
そんな伸明に、長谷川センセイが、助け舟を出した…
「…きっと、寿さんは、藤原さんのことを、怒っているんだと、思います…」
長谷川センセイが、伸明に告げる…
「…藤原さん? …藤原ナオキさん?…」
「…そうです…」
長谷川センセイが、言う…
「…藤原さんの会社を、五井が、乗っ取ろうとしている…それで、寿さんは、諏訪野さんを、怒っているんだと、思います…」
長谷川センセイが、私の心境を推し測って、告げる…
が、
実は、私は、そんなことは、考えてなかった…
これっぽっちも、考えてなかった(苦笑)…
私が、今、考えていたのは、二人の関係…
あくまで、伸明と長谷川センセイの関係だ…
長谷川センセイは、五井一族…
血が薄いとは、いえ、五井西家の血を引いている…
それを、伸明が、知っているか、否か?
さらには、それを、知っているからこそ、長谷川センセイと伸明は、特別に親しい関係なのか、否か?
要するに、二人の距離感を知りたかった…
この二人が、どれだけ、親しいのか?
知りたかった…
なにしろ、今、この五井記念病院のVIPの病室に、簡単に入れたのだ…
入口に屈強なボディーガードがいる病室に、簡単に入れたのだ…
当然、伸明の許可がいる…
当たり前だが、事前に長谷川センセイが、伸明に、私を連れて来ることを、伝え、入室する許可を、伸明から、得た…
だから、簡単に入れた…
許可を得なければ、あの屈強な守衛に、拒否されただろう…
決して、この病室に入れてくれなかっただろう…
さっきの会話からも、それが、わかる…
つまりは、普通に考えれば、それほど、親しい関係に見える…
だから、二人の距離感が、気になった…
気になったのだ…
ナオキよりも、気になった…
いや、
当然、ナオキのことは、気になる…
この伸明が、ホントに、ナオキから、FK興産を取り上げようとしているのか?
気になる…
が、
今は、それよりも、眼前の二人の関係の方が、気になった…
そういうことだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…藤原さんの会社、FK興産の買収は、ボクの意思じゃない…」
と、突然、伸明が、言った…
「…ウソ!…」
思わず、叫んだ…
反射的に、叫んだ…
例えば、誰かから、右の頬を殴られたら、考えることなく、反射的に、相手の頬を殴り返す…
それと、同じだ…
「…ウソじゃない!…」
と、これも、伸明が、すぐに返した…
私が、反射的に返したのと、同じ…
同じように、すぐに、返した…
「…でも、寿さんが、そう、思うのは、わかる…」
「…わかる?…」
「…ですが、誤解です…」
「…誤解?…」
「…そう…誤解です…ボクは、藤原さんの会社を乗っ取ろうと、したことは、ありません…」
伸明が、気色ばんで、言う…
私は、
…それって、本当?…
と、思った…
が、
しかし、それを、口にすることは、できなかった…
それは、伸明の表情が、必死だったから…
必死になって、否定したからだ…
だから、できなかった…
伸明の言葉が、ホントか、どうかは、わからない…
しかしながら、一方が、
「…ウソ!…」
と、言い、もう一方が、
「…ウソじゃない!…」
と、否定する…
これでは、らちが明かない…
「…ウソ!…」
「…ウソじゃない!…」
と、いつまで、経っても、言葉の応酬を繰り返すだけだ…
だから、私は、なにも、言わなかった…
押し黙った…
するとだ…
伸明が、
「…寿さんの気持ちはわかります…」
と、勢い込んで、言った…
「…わかる? …私の気持ちが? …どうして、わかるんですか?…」
私は、伸明に食ってかかった…
「…寿さんは、藤原さんの秘書だった…社長秘書だった…それに、事実上、寿さんは、藤原さんの公私共にパートナーだったんでしょ?…」
伸明が、言う…
私は、なんと、答えて、いいか、わからなかった…
たしかに、その通りなのだが、それを、面と向かって、伸明に言われたことは、なかった…
だから、驚いたと、同時に、返答に困った…
どう答えて、いいのか、困った…
これから、もしかしたら、伸明と結婚するかも、しれない…
もしかしたら、結婚できるかも、しれない、伸明の前で、過去の男のことを、アレコレ言われるのは、困る…
実に、困った事態だった(苦笑)…
<続く>
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