知らない街で

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 お会計を済ませると「よいしょ」と言ってぐっすり眠る紬希ちゃんを颯真さんが抱き上げた。 「じゃあ、帰るね」 「おぉ」 「ありがとうございましたー!」 「開けますね」 「ありがとー」  引き戸を開けて外に出た。陽射しのまぶしさに目を細める。のどかな風景が広がる道を歩いていく。しばらく歩くと、ここだよと言って立ち止まった。そこは年季が入った大きな家ですごいなと思っていると「中はきれいだから安心してねー」と颯真さんが笑った。 「わぁ、おしゃれですね」 「ふふふ、ありがとう。自分達好みに改装したんだ」  見た目は古いのに、家具が洗練されているせいか中はとてもお洒落な空間だった。古民家カフェとかこんな感じなのかもしれない。 「何か食べるー?」 「いえ、さっき食べたばっかりなんで」 「そう?飲み物は?暑いから喉乾いたでしょ?麦茶しかないや」 「じゃあ、麦茶お願いします」 「オッケー」  さっき食べたと言ったのに、麦茶とお菓子を用意してくれた。ふと母方の祖母がこんな感じだったなと思い出す。分け隔てなく優しい人柄の祖母は「よく来たね」と言ってジュースと大量のお菓子を用意してくれた。懐かしい。 「お二人はずっとこちらに?」 「ううん、圭ちゃん……あっ、夫の地元はここなんだけど、俺は全然違って」 「いつもの呼び方で大丈夫です。旦那さんの地元なんですね」 「Uターンってやつ?俺はどこでも仕事ができるから」 「何のお仕事を?」 「WEBデザインの仕事なんだ」 「僕と同じだ」 「そうなの?」 「そっか。ここでも働けるか」 「おぉ、この街に興味持ってくれた?」 「そうですね。景色もいいし」 「歓迎だよー!移住者に手厚い街だからね、いいよここは」 「なるほど」 「子育てもしやすいし」 「その予定はないんですけど」 「あっ、ごめんね」 「いえ、全然。住むところ探そうかな」 「見つかるまでいてくれていいから。一軒家とか安く貸し出してたりするんだよ」 「そこまで広くなくても……」 「一人だとそうか。まぁ、ゆっくり探せばいいよ。あっ、モニターあるし、ここで仕事してくれても全然オッケーだから」 「颯真さん、親切過ぎるでしょ」 「いやー、何か聡真くんって面倒見てあげたくなっちゃうオーラバンバン出てるからさー」 「どんなですか」 「この街に興味を示してくれた若者を逃したくないってのもある」 「愛がすごい」 「いいとこなんだよー、ほんとに。語ろうか?」 「やっ、大丈夫です」 「ざーんねーん。あっ、洗濯物取り込まなきゃ。ゆっくりしててね」 「ありがとうございます」  麦茶を飲みながら不思議な縁に感謝した。ここで心機一転頑張ってみようかな。史弥さんのいない日常が早く当たり前になってほしい。会いたいと思う気持ちを封じ込める。ため息をついて、物件を探すためスマホを取り出した。
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