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「あの部活、なんだか知らなけれどすっごい人たちがたくさんいるんですよ。音大じゃないのに、音大生かってくらいみんなピアノが上手くって、尾山先輩はエベレストだし、ピアノ仙人みたいな人もいて」
「へえ。なんだかすごそう」
「それで急に、発表会でワーグナーを五台ピアノで演奏するんだって話が飛び出してですね……」
「元気がいいのね、大学生って」
「信じられないですよ。もうパリピばっかって感じなんです。前回の発表会だって……」
気がつくと、蒼汰の口から次から次へとピアノ研究会で経験したことが飛び出してきた。
おかしいぞ。僕はさっきから何を話しているんだ? ナマハゲをやっつけるんじゃなかったのか。ピアノ教室のトラウマのおかげでどんなに大変な目にあっているのかを思い知らせないといけないのに、さっきから頭に浮かんでくるのは楽しい記憶ばかりだ。
学園祭のこと、夏合宿のこと、早坂さんとの連弾のこと、尾山先輩のこと……。この半年に起きたことをとめどなく話していくうちに、二人の家に向かう分かれ道のところまでやって来た。
ナマハゲが立ち止まって、こちらへ笑顔を向ける。
「――今日は会えてよかったわ。いろいろ話が聞けて嬉しかった」
「いえ、そうじゃないんです。僕は先生に……知ってほしかったんです。どんなに僕が……」
「わかってる。蒼汰ちゃんの気持ちは十分に……」
蒼汰の言葉を制するように、ナマハゲが首をふる。
いや、絶対にわかってないだろう。よかったとか嬉しいとか、そんな明るくて前向きな話じゃないんだ、これは。
「発表会、楽しんでね。きっとうまく行くから」
「そう思いますか……?」
「ええ。だって蒼汰ちゃん、がんばってるんでしょ?」
それは……そうだけど。僕は下手っぴいのミジンコで……。
いじけそうになる蒼汰の顔を、ナマハゲがじっと見つめる。
「ピアノ、好きなのよね? 大丈夫。一緒にがんばりましょ」
「一緒に……?」
「私もピアノ教室、がんばってるのよ。蒼汰ちゃんと同じように」
「なるほど」
「じゃあね。お母さんとお父さんによろしく」
さっぱりとした顔で手を振ってから、ナマハゲがゆっくりとした歩みで去っていく。その後ろ姿を長いこと見送ってから、蒼汰は目を夜空へ向けた。
頭の上の高いところに、早坂さんがいつぞやに言っていたピアノ座が瞬いていた。
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