第10話 歌合戦

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第10話 歌合戦

 ついに発表会の当日を迎え、蒼汰は緊張の面持ちでキャンパスに向かった。  きっと大丈夫だ。昨日の最後の練習だって、問題なくうまく行ったじゃないか。  講堂を覗いてみると、ステージの上に放射状に並べられた5台のグランドピアノに向かって日野さんが忙しそうに作業をしていた。  なんだか壮観だ……。電子ピアノのストーンヘンジとはレベルが違う。  遠巻きに日野さんの様子をうかがっていると、場違いに明るい声がステージに響いた。 「わあ、すっごーい。ピアノのお花畑みたい!」 「これは早坂さん、早い到着ですね……」 「だって、もう今日は楽しみで楽しみで。こんなにたくさんのピアノが並んでるの、私、初めて見たかも」  見るとステージに姿を見せた早坂さんが、モンシロチョウみたいにピアノのあいだを飛び回っていた。  蒼汰がステージの方へ歩いていくと、日野さんがこちらに気がついた。 「ああ、上川君……」 「ピアノ、すごい迫力ですね」 「ええ、まったく」 「ほんと、ありがとうございます。いろいろ準備をしていただいて……」 「いえいえ。こんな機会、なかなかありませんからね。こちらが感謝しているくらいですよ」  日野さんの言葉に、早坂さんが元気よく親指を突き上げてみせる。 「演奏は任せてくださいっ。もうバッチリ練習しましたから。ね、上川君?」 「ハイ、がんばります……」  そんなふうに宣言されては、かえってハードルが上がってしまうではないか……。蒼汰は蚊の鳴くような声で返事をした。  日野さんの作業を邪魔しては悪いので、ひとまず講堂を後にして研究会の部室の方へ歩いていく。頭のなかでワーグナーの楽譜をさらっていると、早坂さんが蒼汰の着ている服に目を止めた。 「おや。そういえばそのスーツ、なんだかかっこいいね」 「え? ああ、ありがとう。この前、新しく買ったんだ。そう言えば早坂さんも……」  と言いながら、早坂さんが大きな荷物を肩にかけていることに気がつく。 「それってひょっとして今日の……」 「うん、そう」 「重そうだね。代りに持とうか?」 「ありがと。でも大丈夫っ。後で着替えるから、びっくりしてね?」  大事そうに荷物を抱えなおした早坂さんが、得意げに笑みを返してきた。
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