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ダッダダダーン……
会場を埋め尽くす聴衆を前にして、力強く打ち鳴らされる〈ダヴィデ王の動機〉を、蒼汰はハープを模した和音で装飾していった。各々の奏でる〈愛の動機〉や〈芸術の動機〉などが複雑に絡み合いながら音楽はどんどんと高揚していき、ついに〈ニュルンベルクのマイスタージンガー〉はその芸術の頂点を極める。
オーケストラにも負けないくらいに、五人のピアノが完璧に重なり合って巨大な〈マイスタージンガーの動機〉が会場に鳴り響いた直後、会場は熱狂的な拍手と声援に包みこまれた。
「ブラボーっ」
「ブラビッシシシモ……」
蒼汰をはじめ五人は、それぞれに顔を高調させてピアノから立ち上がると、観客席の方を向いてお辞儀をする。
尾山先輩と早坂さんが、拍手に答えながら笑顔で視線を交わす。佐伯と高崎先輩も、満足げな笑みを浮かべて会場を見渡している。そんな光景を見るうちになんだか急に視界が滲んできて、蒼汰は慌ててポケットからハンカチを取り出した。
観客に向けて何度もお辞儀をしてやっと舞台袖に戻ってくると、早坂さんが高調した顔でグータッチをしてきた。
「イェーイ。やったね、上川君。大成功だよっ」
「ああ、うん……」
「あれれ? なんか反応、薄くない?」
「いや、そんなことないよ……」
あまりにも夢中になっていたからか、今さっき何が起きたのか、何をしていたのか自分でもよくわからなくなっていた。夢でも見ているようなふわふわとした心地でいると、ぼやっとした視界のなかで尾山先輩の顔がこちらを覗き込んできた。
「たしかに大丈夫? なんだか焦点があってないみたいだけど……」
「だ、大丈夫ですっ」
蒼汰は首をブンブンと振ると、早坂さんと尾山先輩に向かって勢いよく頭を下げた。
「ありがとう……っ。ほんとうに」
尾山先輩がびっくりした様子で手をふった。
「え? どうしたの、上川君。急に」
「だって、みんなに引っ張ってくれなかったら、こんなふうにピアノ続けられなかったし、途中で挫折していたかもしれないし。だから……」
やれやれというように早坂さんが首をすくめる。
「まあ、そういう話は明日の発表会が終わってからにしようか」
「そ、そうだよね。ごめん、へんなこと言って」
「でも上川君の気持ちはわかる気がするよ。今日の調子で、明日もがんばろ?」
「うん……」
早坂さんの言う通りだ。明日、失敗なんぞしたら目も当てられない。今こそは〈間奏曲〉に集中するときだ。
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