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ついていけない蒼汰の顔を見て、早坂さんが困ったちゃんを相手にするように眉を上げた。
「だからね、ガバァァァ……ッてピアノの蓋が開いて、ひとりでに演奏が始まったのよっ」
「な、なるほどなるほど。自動ピアノだったんだ?」
早坂さんがガックリと肩を落とす。
「……夢がないね、上川君って。そんなんじゃなくてさ、タネも仕掛けもないピアノがとつぜん演奏を始めたんだよ」
「はあ、なるほど……」
「ぽろん、ぽろんと、それはそれは不思議な音色でね、聴いているうちに先輩はだんだん眠くなって……」
「なんの曲だったの?」
「……たぶん〈トロイメライ〉ね、シューマンの」
「ふーん」
「それでね、いつのまにか眠りこけてしまった先輩が目を覚ましたときには、ピアノは跡形もなく消えていましたとさ。めでたし、めでたし」
無事に話を終えて満足げな早坂さんの隣で、佐伯が肩をすくめてみせた。
「――ちなみに先輩は、そんな話はしなかったんだけどな」
「へ? そうなの? じゃ、今の話は……出鱈目?」
「そんなんじゃないよ。グランドピアノがとつぜん現れて、また消えちゃったっていうのはホントなんだから」
メガ盛りパフェくらい話が盛られていたらしい。
これでは先輩がイケメンだったかどうかもかなり怪しいな……。
話の腰を折られてぷうと頬をふくらませている早坂さんに蒼汰は尋ねた。
「……でもさ、あのオンボロな部室とグランドピアノっていうのもなんだかね。そんな立派なピアノ、誰か持ってそうな人っていたっけ?」
「私、知らない……」
「たしか先輩は、爺さんの持ち物だったんじゃないかって言ってたな」
「爺さん? 誰それ?」
ぽかんとする蒼汰に向かって、佐伯が呆れ顔を返した。
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