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第2話 伝説との遭遇
ピヨ、ピヨピヨ、ピヨ、ピヨピヨ……。
大学のキャンパスに向かう交差点で、歩行者信号が赤に変わる。
横断歩道の手前で足を止めた蒼汰は舌打ちをした。
……ちぇっ。タイミングが悪い。
目の前の十字路を音もなく通り過ぎる電気自動車や、マフラーを改造したであろう騒々しいガソリン車なんぞを眺めながら、ただボサッと待ちぼうけをしていると、頭のなかにはすぐに先日の発表会での演奏が蘇ってきてしまう。
蒼汰は両手に作った拳でゴンゴンと頭を叩いた。
*
――スポットライトの光を浴びて輝く黒鍵にそっと指を下ろす。瞬間、グランドピアノの筐体(きょうたい)のなかに規則正しく並んだ木製のハンマーがしなやかに跳ね上がり、上部に張り巡らされたピアノ線にフェルト面を正確に打ちつけた。
出だしはまずまずだったと思う。
けれど、鍵盤のタッチがふだん弾いているピアノとはなんだか違った。
――おかしいな。
微細な感触の違いに戸惑ったのか、蒼汰の指先はだんだんと怪しげな挙動を見せ始めた。
おいおい、これはまずいぞ……。
小指がいままで触ったこともないようなおかしなキーを叩いてしまう。
あれれ? いま、何がどうなった?
蒼汰の胸のうちに、特撮ヒーローものみたいなアラーム音がけたたましく鳴り始めた。
いかん。もう直ぐ見せ場だというのに……。
そんなことを意識した瞬間、蒼汰の頭のなかにぬっと、ナマハゲみたいな赤銅色をした鬼の顔が現れた。
直後、とんちんかんに鳴り響いた不協和音を残して、蒼汰の指はぴたりと停止する。
頭の中が、山登りの最中にガスに包まれたみたいに真っ白になった。
薄暗い客席の方から、ざわざわとナマハゲたちのささやき声が聞こえてくる。
――やっぱりエベレストに登ることなんか、僕にはできないんだ。
ステージ上のピアノはごうごうと猛烈な吹雪に包み込まれ、蒼汰の視界もすっかりと閉ざされる。
混乱した頭で蒼汰が椅子の上に凍りついていると、ふと吹雪の向こうから女の人の声が飛んできた。
「上川くん、深呼吸ーっ」
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