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――鈴を転がすような声だった。
客席の方に目を向けると、ざわついていたナマハゲどもの姿はすでに消え、吹雪も止んでいる。
誰だ? いや、そんなことより今はピアノ……。
蒼汰は言われた通りに深く息をつくと、ズボンの端で手汗をしっかり拭きとってから、ゆっくりと鍵盤に指を着地させた――。
*
ぼんやりとした蒼汰の回想は、ポンと背中を叩かれた衝撃で中断された。
「こんなところでなに突っ立てるんだ? 信号、青だぞ?」
気がつくと、佐伯が蒼汰の顔を不思議そうに覗き込んでいた。
ピヨピヨという呑気な音声が、信号機に取り付けられたスピーカーから流れている。
「ああ、そうだね……」
やれやれ。今はあんまりこいつの顔を見たくなかったかも。
佐伯からぷいと視線を逸らした蒼汰は、信号が赤に変わらぬうちにとさっさと横断歩道を渡り始めた。
なんとなく、アスファルトの上に描かれた白線に合わせてすこし大股に歩く蒼汰に歩調を合わせながら、佐伯がいらぬツッコミを入れてくる。
「……お前なあ、大学生にもなってそういう小学生みたいなことするなって」
「そういうお前こそ」
「いくら白線を踏んだってピアノは上達しないぞ? いいかげん発表会のことは忘れろよ」
「……発表会だけじゃないんだよ、ナマハゲが来るのは」
「ナマハゲ? なんのことだ?」
わけがわからんという顔の佐伯を無視して前を向いた蒼汰は、二人の前方をキャンパスの方へ向かって歩く女の人の背中に気がついた。
お? あの美しい後ろ姿は……尾山先輩ではないのか?
瞬間、くさくさした気分はどこかに吹っ飛んで、蒼汰はその白いワンピース姿に向かって駆け出した。
近づいていくと、尾山先輩の横に派手な出立ちの男が張り付いていることに気がついた。
――なんだ? あいつは?
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