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「どうしたの? 大丈夫?」
ナマハゲが心配そうに蒼汰の顔を覗き込む。
――どうしたもなにも、すべてお前のせいじゃないか。お前さえいなければ、こんな苦労をすることもなかった。もう二度と、ナマハゲには会いたくない……。
たまらずに蒼汰が駆け出そうとすると、それまでの牛のような足取りとは打って変わって、ナマハゲが俊敏な動きで蒼汰の前に立ちはだかった。
「ま、待って……、待ちなさいっ」
「な、何を……」
怖気付く蒼汰のことを、ナマハゲは鬼のような形相で長いこと見つめていたと思うと、急に顔をくしゃくしゃにして頭を下げた。
「ごめんなさいっ……」
は? なんだって?
ごめんなさい? どうしてナマハゲが僕に謝ってくるんだ。
狐につままれたカピバラになっている蒼汰に向かって、ナマハゲが力なく顔を上げる。
「ずっと……気にかかっていたの、蒼汰ちゃんのこと。ピアノ教室を急に辞めちゃって、その後もぜんぜん見かけなくなっちゃって」
「気にかかって……? どうして僕なんか……」
悪いのは練習をちゃんとしなかった自分の方だ。ナマハゲは僕のことを憎んでいたんじゃないのか……?
「だって、悲しいでしょ。自分の教えていた子が、もしピアノを嫌いになっちゃったら……」
「それは……、子供だったら仕方がないでしょう。練習、練習って、あの頃の僕はそんなにピアノが好きじゃなかったし」
ナマハゲが首をふった。
「そんなことない。蒼汰ちゃん、最初は楽しそうに笑ってたから。私が悪いの。余裕がなくて、うまく教えてあげられなかったから……」
ひょっとしてこのナマハゲは、自戒していたりするのだろうか……。でも、今さらそんなことを言われたって、記憶は、過去は上書きできないんだ。
この際だ。こっちの思っていることをぶちまけてやれ。
腹がたった蒼汰は思い切ってナマハゲと目を合わせた。
「辞めてませんよ、ピアノ……。ちゃんと続けてます」
「え? そうなの?」
蒼汰はこれ見よがしに大きなため息を付いた。
「ええ。それどころか、今週末に発表会があるんです」
「発表会? そうなの、がんばってるのね……」
そう言って目を細めるナマハゲを見て、蒼汰は戸惑った。
いや、そんなリアクションは求めてない。僕はナマハゲを喜ばせたいんじゃない。僕が今まで、どれだけ苦労してきたかをわからせたいだけなんだ。
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