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第三章・君が遠くて 3ー①
怒涛の週末の後、晴樹からの宣戦布告を受け、将人は気もそぞろのままバイトに入った。
客に商品を渡し忘れたのを追いかけて行ったり、釣り銭をばら蒔いたりと散々失敗を繰り返し、バックヤードで休憩する頃にはぐったりとなっていた。
千代田は、そんな将人の分のコーヒーを持って来てくれて、そのまま向かいの席に座った。
「後藤君。今日は、何か落ち着きないけど」
「すみません。ちょっと休んだら、身ぃ引き締めて頑張ります」
「それって、こないだの僕の告白に動揺させちゃったからかな?」
「え?……え?……えぇぇ?!」
「何、そのビックリ加減……。もしかしたら、忘れてた?」
「……すみません」
確かにあの時は告白されたり、キスされたりとショックだった筈なのだが、その後の出来事の方が衝撃的過ぎて、千代田の事は頭の中からすっかり抜け落ちていた。
とどのつまり、あれからずっと頭の中は七海一色で、千代田の告白には全く思い悩む事もなく。
それは、言わずもがなだった。
「千代田さんには申し訳ないですけど、オレ、そういう気持ちにはなれそうにないんで」
「前の恋を忘れる為のステップでも良いんだよ?そこからでも、僕を見てくれたらなって思うし」
「すみません。ハッキリ言いますけど、そうはならんと思います。ホント、すみません」
「頑ななんだねぇ」
千代田は、呆れながら溜め息をついた。
「でも、そんな頑固で一途なところに惚れちゃったんだから、仕方ないか」
「え?」
「そしたらさ、友達みたいなところからでも良いからダメかな?」
「友達って、上司に向かって、友達なんて無理です」
「じゃあ、お兄さんの友達、みたいな感覚で」
「兄貴おらんから、そんな感覚ありません」
「そしたらとにかくさ、ご飯でも行こうよ。ご飯位なら良いでしょう?」
「……まぁ、ご飯位なら……」
柔らかな物腰なのに、押しが強い。
将人もせっかく慣れてきた仕事先の上司と、仲違いはしたくはない。
自分が女ならば多少の危機感を感じるだろうが、大柄な男を捕まえて、どうこうしようもないと思えば、食事位はたいした事でもないだろう。
今は、どんなに優しくされようとも、七海を忘れさせてくれる人が現れるなんて、当分は想像も出来なかった。
もしかしたら何年も先に、この恋が自分の中で完全に過去のものになる頃には、新しい恋にも目を向けられるかも知れない。
だが、それはもっと未来の話であって、今は全く考えられそうにない。
千代田には好意以前に、期待させないようにするという思いしか、今の将人にはなかった。
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