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「あれ?」
青瀬は驚いて振り向いた。帽子に眼鏡にマスクなので、その表情は窺えないが。
「あれっ?」
アッサリ見つかった幽玄は、観念して隣に並んだ。
「なんで分かったんですか?」
「足音でなんとなく」
「えー…センセ驚かすの、意外に難しいな」
「キミが今日この時間に、普通に街中にいるのは珍しいから、驚きはしたよ」
「あ、えー…仕事、も、あるんですが…」
幽玄は、もぞもぞ身体をゆすった。
「去年、店内で黙祷してる人あんまり居なかった時は…みんなもう忘れたのか、とショックでした…でも」
あまりにショックだった幽玄が郷土資料館へ駆け込んできたから、それは青瀬も覚えていた。
「そうじゃなくて、俺の方が、まだ『普通』を見れずにいるのかもって…だからサダカにも、今年は仕事入れていい、って頼みました」
「そっか」
「海へは仕事前に行って来ました」
「うん」
幽玄は、首にかけてる白く長いマフラーを少し引いた。この時期になるといつも首にかけているそれは、彼の使役する疳の虫たちにも似ていた。
「暖かいのに、このマフラーも掛けてます」
「うん」
「でも…たぶん『普通』に仕事、出来てます。出来るようになった、と、思います」
「そっか」
ウー……。
サイレンが鳴った。
道の端に寄って、二人は黙祷した。
サイレンが終わっても、二人はしばらくその場に佇んだ。顔を上げる。
雲ひとつない青空。
「センセ、今日休みですか」
「うん。最近の疲れが溜まってたみたいで、実はさっき起きたばかりなんだ」
「え」
「もう作るのも面倒だから、何処かで三食分食べようかなって」
青瀬は時々こういうことをする。それは、趣味や仕事に夢中な時だったり、疲れすぎた時だったり、色々だ。
碌に食事が貰えず、常にお腹を空かせた少年時代だった幽玄には、にわかに信じられなかった。だが、精神を消耗しすぎた青瀬が何も食べなくなるのを、八塚一町で一緒に暮らしていた時に何度も見ている。すかさず脳内で、近所の飲食店を精査した。
「『ドレイク』どうですか。ランチに間に合います」
「あ、いいね。そこのカツサンド、まだ食べたことないんだ。キミは時間ある?」
「あります。外回り一段落したので、俺もどっかで昼食うところでした」
「そっか、よかった。僕が奢るよ」
青瀬は幽玄を見た。震災後しばらく、限界以上の霊能力を使い続けて、痩せた身体。どれだけ食べさせても戻らないと、知ってはいるけど。
「ついでに夕食もお供します。夜に、ですよ? 『ドレイク』では昼ご飯までです」
「二度手間にならないかい?」
「なりません!」
食い気味に答える友人に、青瀬は朗らかに笑った。
幽玄にその表情は見えなかったが、なんとなく一緒に笑った。
笑えるように、なってきた。
(了)
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