1 小学時代

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1 小学時代

「お兄ちゃん、どうして… 辛いことがあれば俺に言うって誓ったじゃないか?」 兄はその場に呆然と立ち尽くしていた。 *** チャリが軽快なリズムで田んぼを走り抜ける。蝉の鳴き声が聞こえて長閑だった。 「今日は晴れ渡ってて気持ちいな」 「そうだね〜ってちょっとまって、あれ見てよ!」 急いでブレーキをかけた。 「どうした?」 幸星の指し示す方向に目を向けると、そこには細い体をくねらせるマムシが鎮座している。幸星達を感知し、舌を出しながら威嚇していた。 「おお、珍しいな…」 「蛇かっこいい!あいつ捕まえよう」 「バカ、やばい毒を持ってんだぞ」 兄の勝(まさる)が手で制した。 「待って、向かって来てるよ」 「チャリに乗れ!」 マムシを昂らせてしまったのか、口を大きく開けながら襲いかかってくる。しかし、必死にチャリを漕ぐうちに、マムシとの距離は引き離されていった。 「危ないところだった、自然って怖いからな」 勝に説教されて、幸星はしょんぼりした顔を浮かべる。二人は凸凹の多い畦道を過ぎて、ひらけた場所に出た。すると、大人一人が入れるほどの小さな穴が現れた。そう、ここは洞窟である。懐中電灯で中の様子を窺ってみると、思いの外滑らかな石壁があり、その窪みにカマドウマがいた。更に、奥深くから雫の垂れる音が微かに聞こえた。 「すげー、こんなん滅多に見れないよ」 「中はどうなってんだろう」 二人は目を輝かせながら夢中で覗き込んでいた。 「いくら見てても飽きないな」 「だね… だけどそろそろ暗くなって来たし、ザリガニだけ取って帰ろう」 水路付近でチャリを停めて、水に手を入れてみた。 「冷たくて気持ちいい…」 身にしんみりと沁みる心良い冷たさだ。なんだか、夏の優しい香りがしてくる。 「幸星、来い。ザリガニが居たぞ」 「今行く」 急いで網を取り出して、兄の方へ向かった。 「結構遠いね。取れるかなー」 水の底はヘドロになっていて、入るとたちまち沈んでしまう。 「お兄ちゃんに任せろ。頑張って取るよ」 服が汚れるのを厭う事なく地面に体をべったりつけて、手を必死に伸ばした。 「もう少し…」 と思ったのも束の間、バランスを崩して水路に落ちそうになった。 「うあっ!」 どうにか堪えたと思ったが、足を滑らせてしまう。水路に吸い込まれるように落ちて、水が逃げるように飛び散った。勝の体がズブズブと沈んでいく。幸星が急いで勝の手を掴んだ。しかし、引っ張っても中々上がらない。手強いヘドロだ。 「まずい、兄ちゃん!!」 カァー… カラスの鳴き声で我にかえる。冷静さを取り戻し、勢いをつけすぎず、少しずつ確実に引っ張っていった。そして、危機一髪で兄を救い出すことに成功した。 「危ないところだったよ…」 「普通に死ぬところだった…」 「ていうか、兄ちゃんの横に、普通にザリガニいたよ。取っておいた。」 「は!?先に言えって」 「面白かったから。そもそも、こうなるとは思わないでしょ!」 勝は怒る気力も無くして、呆れながらチャリに跨った。 空を仰ぐと、趣のある濃ゆい朱色が辺り一面に広がっていた。壮大な夕焼けだ… 「なあ、幸星」 「なに?」 「なにかあったら、俺に相談しろよ。」 「急にどうしたの(笑)」 「いや、こうやって幸星と話せてるのが幸せだな〜って」 「僕もそう思うよ。なにかあったら、お兄ちゃんも無理せず僕に相談してね」 二人で、紅に染まった美しい夕焼けを眺めながら、家へと帰っていった。
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