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思わず、といった調子でアスハはストレートに返した。わたしもつられて無表情に頷く。
「わたしもだ。…牛乳」
そう、絞り立ての新鮮な牛乳は貴重。麦茶ももちろん美味しいけどね。
幸い、そのときにはもう天野氏は既に勝手口の中へと頭を引っ込めていたので、わたしたちの僅かな口の動きには目を留めてる暇はなかったようだ。
「お疲れ様、お二人さん。今日はここまでどのくらい歩いてきたの?…絞り立ての牛乳あるよ。麦茶もあるけど、どっちがいい?」
ほとんどわたしが読み取ったそのまんまだ。破顔しそうになりながら、なるべく神妙な顔を作ってわたしは慎ましく答えた。
「ありがとうございます。…牛乳で。お願いします」
「俺も。牛乳で」
わたしの隣でアスハも被せるように続けた。
そこは彼の自宅のキッチンだった。朝に絞ったばかりの牛乳を桶から汲んでコップに入れながら、わたしたちにダイニングの椅子に座るよう促してくれる。
「疲れただろ。でも、午前中にここに着くなんて、今朝はずいぶん早くから歩き始めたんだな。別荘地に泊まったんなら、ここまでずいぶん距離あるよね?」
彼の頭の中にはわたしたちがスルーした別荘地跡の情景が浮かんでる。ああ、なるほど。
この辺りの旅人が利用しそうな施設は普段からひと通り頭に入ってるんだな。と納得しつつわたしは首を横に振って答えた。
「いえ。前の日、実は別荘に泊まりそびれて…。先に進んだ中途半端なところで雨が降ってきたので、仕方なくテント張りました。だからまだ今日はそんなに歩いてきてないんです」
「テント、…ああ、なるほどね。はいはい」
わたしたちが昨夜泊まった林の中の空間を含む、いくつかの空き地が彼の頭の中に浮かんでは消える。どうやらこの周辺のテント泊に適した場所は大体頭に入っているらしい。
「そっか、何処に泊まれそうな施設があるかは実際に進んでみないとわからないからな。一応現在の地図がないこともないけど、この辺りを普段から行き来してる人しか持ってないから…。昔みたいに印刷出版されてれば、旅の子の手にも行き渡るんだろうけど。そしたら災難だったね。もしかして火も使えなかったの、昨夜は?」
彼の脳裏に、とりあえず手早く作れる温かい食べ物の候補がちらちらと浮かび始めた。どうやら気の毒なわたしたちに何かご馳走してくれるつもりらしい。
何て親切な人なんだろう。と感動してるわたしの隣で、牛乳の入ったマグカップを受け取ろうと手を伸ばしたアスハが落ち着き払った顔つきで大真面目に頷いて代わりに答えた。…まあ、こいつの脳裏には。今現在彼が思い浮かべてる昼飯候補のチーズとハム載せトーストとか。小麦をふんだんに使ったパスタ麺のトマトソースとか。そんなの、まるで見えてないわけだから。こうも平然と冷静でいられるのもむべなるかな。
「あ、はい。急な雨で、焚き付けも用意できなかったので…。テントの中で火は燃やせないし。だから、使ったのはランプだけです。それは一応油で燃やせるので」
「そうかぁ、それは大変だったねぇ。じゃあ温かいものもう丸一日も食べてないとか?だったら良かったら一緒に…。どのみち、僕もそろそろお昼の準備しないと」
『菜種やオリーブの油のランプか。まあ、旅の子の装備はそんなもんだよね。さすがに電気とかは使えないもんな…。今どき、蓄電池もそうそう出回ってないし…』
「…で」
んき?…と、危うく口にするところだった。
隣の椅子に腰かけてるアスハが、片手にマグを持った手を止めたまま不審気にこっちを見ている。いえいえ、とにかく今は気にしないで。とテーブルの下で軽くぱたぱたと手を振ってみせて自分の反応を打ち消した。あとで二人きりで話す機会があればそのときにちゃんと説明するから。
…しかし。天野さんの脳内でのあの独り言から察するに。
この農場では何がしかのやり方で電力が使えてる、ってこと?そりゃ、たった一人でこの広さの農場を運営してること考えたらそれはなくもないのかなと思うが。
燃料は一体どうしてるんだろ?やっぱり、菜種やオリーブの油を使ってるの?無論わたしたちもランプには植物油を使う。けど、それは普段料理に使うのと大して変わらない量だ。
電気を発生させるのにどれだけの分量を必要とするかははっきりとは知らないが。普通に食べれば美味しく食べられるものを、そんなにまとめて日常的に燃料として消費しちゃうとしたら。…勿体ないと言えば勿体ない、贅沢と言えばまあかなり贅沢な話だけど。
そんなわたしの内心の疑問は彼ら二人には察するべくもなく、話題は違う方向へと進んでいった。電力確保の方法の謎はひとまずお預けだ。まさか、こっちからそれとなく話を振ることもできないし。
「ここでは、あなた一人で農場を切り回してるんですか?それとも誰か一緒に働いてる人がいるとか。ご家族は…」
わたしがさっきちらと言った読み取り結果を信用してないのか。アスハがそんな風にそれとなく尋ねている。
僕は麦茶にしよう。と呟き、テーブルの端に置いてあった薬缶を手にしてそこからグラスに茶色い液体を注いだ。古そうだけどしっかりと厚手の、良さそうなグラスだ。
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