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12. 想いに正直に
どこをどう走ったのか記憶にない。
少しでも早く、あの場から遠ざかりたい一心でとにかく走りに走った。
すぐ後ろから私を呼ぶ有働くんの声に我に返る。足を止めたときには、全然知らない場所まで来ていた。
「…はぁ、櫻井意外と足早いんだな。もしかして陸上部だった?」
半笑いの有働くんが大きく肩で息をしている。
冗談めかしていうのは、たぶん私のただならぬ空気を察しての気遣いだと分かった。
「ここ駅前か?ちょっと座っていい?」
「……ごめん」
「俺だって今日1日振り回したし、これくらい付き合うけど。あー、でもこんなに走ったの久しぶり」
この場所はどこかの駅前広場のようで、私たちは休憩エリアのベンチに並んで座ることにした。
有働くんがこちらを伺う気配がするけれどそれ以上は何も言わず、私は顔を上げることができない。
風がさぁっと吹き抜ける。
私たちだけ周りから切り抜かれたように、静寂に包まれているみたいだった。
「ちょっと、俺の話してもいい?」
「?うん…」
どれくらいそうしていたか分からなくなったとき、有働くんがそう言った。
私は何だろうと思いつつ、正直なところこの沈黙が気まずかったのでその問いかけに頷く。
「俺さ、今の仕事なんだけど次は契約更新しないつもりなんだ」
私は突然の話に驚いて、ずっと自分の膝の上の手ばかり見ていた顔を上げる。
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