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私は咄嗟に体を捻って、自転車に突っ込むことは何とか免れる。
けれど、一度崩れたバランスを立て直すことまではできず、そのまま歩道に膝を打ちつけて派手に転んでしまった。
その瞬間に、肩掛けバッグの中の財布や名刺入れ、資料を入れたファイルなどがバサバサッと音を立てて散らばる。最悪の事態は回避できたものの、これはこれでなかなかの大惨事だ。
――あぁ、こんなときに何やってるんだろう。
行き交う人が横目に見ながら、避けるようにして歩いているのが分かる。
無言の視線と、擦りむいて血が滲んだ右膝がズキズキする。痛いし恥ずかしいけれど、とにかく立ち上がらないと。
「立てる?」
そのとき頭上から声が降ってきて、私ははっとして顔を上げた。
白シャツの上から黒ジャケットを羽織り、シルバーフレームの眼鏡をかけた一人の男性が、私の前に立ち止まって見下ろしている。
(すごく綺麗な手……)
差し伸べられた手を、私はまじまじと見つめてしまう。
「おい、聞いてる?」
「あ、はいっ、」
そうだ、見惚れている場合じゃないし、散らばったバッグの中身を拾わなければいけないのに。
「手のひらも擦りむいてるみたいだけど」
右の手のひらを見ると、手首に近い下の方も血が滲んでいた。
たぶん、転んで手をついたときに擦ったんだろう。
慌てて引っ込めようとするも手首をぐいっと強く引かれて、私は勢い余って前につんのめりそうになるのを何とか堪えた。
「俺が拾うから。ケガ人が立ってても通行の邪魔だし向こうで座っとけよ」
「すみません…」
私は痛む右足を少し引きずりながら端に寄ると、ブロック塀にある段差に腰掛ける。
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