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部屋着に着替えてきた圭と、心なしか疲れた顔の伊万里が戻ってきて、出来たての夕飯を囲んでやっと食事が始まった。
古臭いのにしっかりしたちゃぶ台の真ん中には、大鍋で作った豚汁がもうもうと湯気をたてる。それぞれの前に白米の茶碗と汁椀があり、さらに焼厚揚げがある。青葱の刻んだものと、おれが頑張った大根おろしが乗せられ、醤油を垂らす。
「腹減ったーっ! 伊万里、うまそう!」
「熱いから、気を付けてね」
豚汁をおたまでよそっていく伊万里。圭の汁椀、どんぶりなんだけど。
「早坂も手伝ってくれて、ありがとう。遠慮しないで食べてね」
「もちろん」
三人の器が満たされると、自然と声を揃えて「いただきます」をしていた。
普段、ひとりで食べているのものの味はよく分からなかった。不味くはないけどこんなもんかな、って感じ。だからおなかが空いたなぁって感覚も薄くて、時計を見てそろそろ飯かぁって食べてる。
この二人と一緒だと、食べてるものひとつひとつに味があって、すごくおいしい。今日なんかはにおいを嗅いだだけで、胃袋がきゅうきゅう鳴り出すし、実際食べ始めると、あぁ、おれ腹減ってたんだなぁって再確認できる。
豚汁の豚バラ肉の脂はジューシーで食べごたえもあって、大根もじゃがいももにんじんも長ネギも、椎茸とこんにゃくも、もちろん全部の味を蓄えた味噌汁も全部おいしい。焼いた厚揚げは表面がパリッとしていて、中の豆腐が火傷するくらい熱い。冷え冷えの大根おろしのシャキシャキ感と青葱の香りが、ちょっと焦げてる厚揚げと醤油と絡まってよく合う。白米がどちらにもよく合って、どんどん食べていく。
箸が止まらなくて、おかわりして。伊万里に言われたからじゃないけど、遠慮なんて出来なかった。目の前で圭がおかわりしまくるのを見ていると、焦ってしまったのもある。
伊万里を見ると、自分の食事をしながら俺と圭のおかわりの度に箸を置いていた。だから自分でやろうとしたら、素早くおたまを取られる。
「僕やるよ、早坂。おいしいかな」
温かいお椀と、七味唐辛子を渡してくれる。
「おいしい、伊万里」
心の底から、思った。圭が「伊万里の味噌汁食いたい」っていつも言ってるの、わかる。胃袋掴まれるって怖いね、なんて言ったのは、おれだったかな。
おれの胃袋もがっしりと伊万里に掴まれていて、他で食事したって物足りないんだ。
あっという間に豚汁の大鍋も、厚揚げも、白米の炊飯器も空っぽになり、おれと圭は大満足で「ごちそうさまーっ」と床に倒れた。
「やばい……こんなに食べたの久しぶり」
何杯おかわりしただろう。恐るべし伊万里の味噌汁。
「ゆっくりしてて」
伊万里は床に転がるおれ達をそっと見てから、食器とかの片付けを始める。おれ達いっぱい食べたけど、伊万里はちゃんと食べたかな。少食なのは知ってるけど、満足するほど食べたのかな。
ちゃぶ台の上に何もなくなると、俺は布巾で拭き始めた。
「ありがとう、早坂」
「なぁ、伊万里はちゃんと食べた?」
おかわりの度に中断させておいて申し訳ないが、作った本人が食べられなかったのではと不安になった。でも伊万里は少しだけ首を傾げて「うん」と頷く。
「食べたよ。圭と早坂がおいしそうに食べてくれるのを見るだけで、僕は嬉しい」
ちゃぶ台に乗った伊万里の手をそっと握る。床に転がったままの圭には、見えない。
「早坂」
「伊万里、手。荒れてる」
指先、カサカサ。料理したり洗い物したりの水仕事で荒れた手指。女の子みたいに細くて白いけど筋張ってる男の手。綺麗な形の爪はきちんと切り揃えられていてピンク色。
大事に、そっと、両手で包んで撫でる。
「洗い物する時、手袋しろよ」
「面倒臭いよ」
伊万里は指先を隠すように手を握った。もっと触れたいな、と思って手を伸ばした時。
「あ!! そうだ!!」
床に寝転んでいた圭が叫びながら飛び起きた。びっくりした俺は、不覚にも伊万里から手を離してしまった。
「どうしたの、圭」
伊万里はおれが来た時と同じような顔で驚いている。圭は「ちょっと待ってて」と言うとリビングを出ていった。かと思うとすぐに戻ってくる。
「はい、伊万里。これやる」
圭が伊万里に差し出したのは、チューブ入りのハンドクリーム。柔らかな色合いのグリーンで、カモミールの花が描かれている。
「圭、どうしたの、これ」
ちゃぶ台に三角を書くように座るおれ達。圭が指先で、ハンドクリームを持つ伊万里の指をツンツンする。
「バイトの時に教えてもらって、買ったんだ。伊万里の手、カサカサしてたからなんかいいものないかなって」
少し照れたような圭の顔。伊万里の驚きは落ち着いたようで、次第に嬉しさが込み上げてきているのがわかった。眼鏡の奥の瞳が、きらきらしてる。
「使ってみていい、かな」
「いいよ」
無表情だし、声に抑揚もない伊万里だけど、すごく嬉しそうにハンドクリームを塗り始める。
ちぇ、圭、気付いてたのか。伊万里の手荒れ。伊万里が自分から言うはずもないし。珍しく気が利く事しやがって。おれがもっと早く気付いて、プレゼントしてやれれば良かったのになぁ。
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