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ふんわりとカモミールの香りがして、イラッとする。お腹いっぱいでしあわせだった気分が何処かへ行ってしまったようだ。
「ありがとう、圭。大事に使う」
「そうやって言って使わないで取っておくだろ、伊万里。気にしないでいっぱい使ってよ」
満面の笑みの圭に、伊万里は図星を指されて「うん」と頷いた。それから逃げるようにキッチンに入っていく。
「おれも伊万里にプレゼントしようかなぁ」
ポツリと呟くと、圭は「洗濯洗剤が無くなってきたから、それがいいな」と言った。そういうのはプレゼントじゃねぇんだよ。
伊万里がカットしたりんごとマグカップを持って戻って来るまで、おれは伊万里へのプレゼントを考えていた。
三人分のホットコーヒー。圭にはスティックシュガーとミルクを添えて。おれと伊万里はブラック。何も言わなくても伊万里はおれ達の好みを覚えてくれてる。普段から伊万里が用意するなら、普通かな……あれ?
「ねえ、伊万里? このマグカップって……誰の?」
おれの前に置かれたマグカップ。圭と伊万里と三人で色違い。八分目のちょうどいい量が注がれたコーヒー。
「早坂、やっと気づいた」
伊万里はキッチンに戻ると、食器を一式持ってきた。覚えてる、さっきおれが使った茶碗と汁椀、箸。
「早坂が来る度に紙皿なのは、面白くないからね。揃えてみたんだ」
「伊万里?」
ちゃぶ台に食器を置く。ひとつひとつ、丁寧に扱ってくれる。
「だから、おなかが空いたら、いつでも来ていいよ」
たいしたものは作れないけどね、と伊万里は言う。ばかじゃないの、伊万里。圭がいるのに、圭だけ好きだって言うくせに、おれに優しくするの?
下唇を噛む。その様子をいつもの無表情で伊万里は見てる。おれの気持ちを知っていながら、俺の反応を見てる。
ぬっと大きな手が、おれの視界を遮って汁椀を取り上げた。圭の手だ。
「俺は反対したけど。でも伊万里がどうしてもって言うから、仕方なくな」
うわ、イラッとする。
「伊万里に何かしたら、ひとつずつ茶碗割ってやる」
そのお椀はメラミンだから、落としてもそうそう割れないと言おうと思ったけど、馬鹿力の圭だから、片手で握り潰しそう。
「片付けるの僕なんだから、やめてね、圭」
伊万里、そういう事じゃない。
「……ほんと、胃袋掴まれるって怖いわ」
これから先、明日からずっと、おなかが空いたなぁって思ったら、伊万里の味噌汁を思い浮かべるんだろう。
伊万里と、圭と、三人で囲むちゃぶ台を恋しく思うんだろう。
カットりんごにフォークを刺してみれば、ぎこちなく飾り切りにされた、りんごうさぎだった。
……ばかだよ、伊万里。だいすき。
*end*
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