814人が本棚に入れています
本棚に追加
52.両極端だから反発しない
決行すると女王が口にすれば、臣下はその願いを叶えるだけ。ウルリヒは指示を出して準備を整え、武器を磨き部下を選別するルードルフ。数名は先に動くこととなり、カミルは途中で合流となった。
「今後は勝手にカミルを使うな」
「善処しよう」
善処と聞いてルードルフは頷いた。今後は勝手に利用しないという意味に受け取ったのだ。もし、ここにアンネリースかカミル自身がいたら、騙されたルードルフに頭を抱えるだろう。考えておく、程度の返答だと気づいていない。
中庭で会議をするのは、屋敷内に複数の間者が入っているから。知って泳がせるウルリヒと、別に情報が漏れても蹴散らせばいいと考えるルードルフは、どこまでも正反対だった。
表と裏、光と影、善と悪、真逆だからこそ惹かれる。アンネリースは優雅にお茶のカップを口元に運び、上手に唇の動きを隠した。
「失敗しても良いけれど、損傷はゼロでお願いね」
「承知いたしました」
作戦が途中で破綻した場合の、様々な対応策は想定している。最悪の事態から、脱線する程度まで。何があっても対処でき、予想外だと騒がないよう手配する。ウルリヒは危険の芽を徹底的に潰した。
友人の有能さと用意周到さを知るから、ルードルフは作戦を疑わない。途中で変更を告げられても、文句ひとつ言わずに従うだろう。その意味で、ウルリヒは信頼を裏切ったことがなかった。
外から見れば、姫君の優雅なお茶会だ。顔の整った側近は、慣れた作法でお茶を飲む。姫の隣に控える番犬は、大人しく与えられる菓子を食べていた。アンネリースが手ずから食べさせる行為に、ルードルフはすっかり慣れた。抵抗なく大人しく口を開く。
「帰りにムンパールの海岸に寄りたいわ」
「良いと思う」
「特に問題はございません。先に楽しみを設定すれば、皆も頑張れるでしょうから」
両者の許可を得て、アンネリースは口元を綻ばせた。王宮は焼けてしまったが、民の暮らす街や懐かしい海は無事だ。思い出の詰まった、海岸近くの別宅に立ち寄る予定は楽しみだった。
「準備をさせるわね」
女王アンネリースが移動する。手が出せない万全の警護体制を誇るスマラグドスの屋敷から、ムンパールであった海へ。その情報はあっという間に周辺国へ広がる。女王自らが囮とも知らず、ルベリウス国の聖職者を喜ばせた。
美しい真珠姫を手にいれ、その側近を操って富と権力を集約させる。取らぬ獲物の皮を数えるように、まだ収穫前の麦の量を推し量るように。彼らは醜い欲で曇った目で、己に都合の良い未来を見た。
「絶対にボスに言いつけてやる」
二度目の襲撃を退けたカミルは、ぶつぶつと文句を並べた。積み上げた敵の死体の上に座り、大きく深い息を吐く。スマラグドスの軍が到着するまでに、もう一度くらい襲撃がありそうだ。嫌な予想程よく当たる。もう一度溜め息をつきかけ、呑み込んで我慢した。
「くそっ、俺だけ損した気分だ」
死体の山から飛び降り、汚れた裾や袖を気にしながら川を探した。合流まであと三日。
最初のコメントを投稿しよう!