二度目の結婚式

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 天国にいるあなたへ。  あなたは私のことを、恨んでいますか?  それともまだ、好きでいてくれますか。  あなたがいなくなってから、一人の静かな時間が残りました。  あなたがいなくなって、私は空っぽになってしまったわ。  それはそうね。  だって私は、あなたに縋って生きていたから。  いつだって、あなたは優しかったから。  だからあなたの優しさに、甘えてしまった私が悪いのよね。  ええ、わかっているわ。  あなたが聞きたいのはそんなことじゃないってね。  あなたが聞きたいのは———心からの謝罪よね。  別に、忘れているわけじゃないわ。  ええ。あの時は本当にごめんなさい。  あなたがいなくなったのは———紛れもなく私のせいね。  覚えているかわからないけど、あなたは私と約束をしたのよ。  言い訳だって言われるかもしれない。  けれどもあれは、嘘じゃなかったわ。  聞いてくれる?  あの時のあなたは、本当に頼りなくてね。  一人じゃ何もできなかったわね。  ああ、別に貶しているわけではないのよ。  だから私は……あなたを放って置けなくて。  あなたの告白に、返事をしてしまったわ。  懐かしいわね。  あなたとの初恋は、やがて愛に変わったわ。  私が子を宿した時は、一緒に喜んで、困難も一緒に乗り越えてくれたわね。  ようやく生まれた子供に、『純恋(すみれ)』と名付けたのもあなただったわ。  子供が大きくなって、家にはまた静けさが帰ってきたわ。  でも私は、あなたと過ごす静かな時間が好きだったの。  正直ね、こんな静かな時間が、永遠に続くと思っていたわ。  ———あなたが(がん)だと診断される前までは。  発見された時にはもう末期で。  医者も首を横に振るばかり。  どうして、私じゃなかったのって。  後悔と悔しさが交差して、毎日のように泣いたわ。  あなたを襲ったのは、癌だけではなかった。  あなたは———認知症も患っていたのね。  日に日に物忘れが増えていって。  私をみても、「どちらさま?」と困り顔。  あなたの中から、私がこぼれ落ちていく。  私との思い出が、失われていく。  失望と共にやってきたのは———確かな寂しさだったわ。  さて、ようやくここからが、あなたが聞きたがっていた『あなたを消した理由』についてね。  ある日。  あなたはなぜかいつもより機嫌が良くて、私の名前を呼んでくれたの。  もしかしたら、ほんの気まぐれで思い出しただけかもしれない。  でも私は確かに、嬉しかったわ。  私は少し気になって、癌のことを聞いてみたの。  まあ、聞いたって覚えてはないことよね。  でも、試してみる価値はあると信じていたのよ。  案の定、あなたは「そんなわけない」と首を横に振るばかり。  私は「やっぱりね」と思うと同時に、少しがっかりしてしまったわ。  そんな気持ちは、あなたの言葉でかき消されたのよね。 『もし俺が病気だったら、無駄な手術はやめておくれ』と。  あなたは確かに、そう言った。  あなたの瞳は、死への恐怖も、明日への失望も 1ミリたりとも映していなかったわ。 『どうして?』 『簡単なことさ。俺はお前に心配も金もかけたくないからな。それに……』  その瞳は、ただただ穏やかで……。  まるで昔と、変わっていなかった。 『……天国でまた、結婚してくれよ』  あなたがそう言った瞬間、涙が溢れた。  ただ、精一杯頷いたわ。 『はい。よろしくお願いします』  ……思い出してくれたかしら。  別に許してもらおうとしているわけじゃないわ。  ……だってあなたが医者に臓器移植を勧められた時に、断ったのは私だもの。  結局、移植をしなかったあなたはほんの二日で逝ってしまった。  あなたは私を許していないのかもしれない。  でも私は、あなたを愛しています。  ほら、今鐘の音が聞こえましたよ。  私たちを祝福する声が絶え間なく響いていますね。  二度目の結婚式が、始まりますよ。  愛する人の名を最後に呟いた彼女は、  静かな病室で息を引き取った。
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