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第一章 蘇生魔術師
「500万ベルだね」
「そんな……」
ビアンカは、金額を聞いて、絶望した。
目の前には、12,3歳くらいの、少年のような格好をした少女と、見目麗しい女性が並んでビアンカの家のソファに座っていた。
「500万ベル。払えないならよそに行くよ」
そう言って目の前の少女は、ビアンカが煎れた紅茶を一気飲みする。
「安い茶葉だ」
少女はそう言って、ソーサーに乱暴にカップを置いた。女性の方は、先ほどからピクリとも動かない。
時折まばたきをするので、少なくとも生きてはいる。
ビアンカはため息をついた。
「わかりました。500万ベル、お支払いいたします」
ビアンカには、夢があった。それは、王都の中心街に自分の店を持つことだった。
ビアンカは、花が好きだった。
いつか花屋になるために、今までコツコツと村の肉屋でニワトリを解体し続けてきた。
だが、その夢も、愛する人のためなら、捨てられる。
今度こそ、ふたりで幸せになるのだ――。
ビアンカは、500万を、少女の前に出す。
少女は、雑に紙幣を数えると、ポシェットにポイと入れた。
――さようなら、私の夢。
ビアンカの心の痛みなど知りようもなく、少女は家の外に向かう。
「ちょいと広い場所が必要でね」
少女は外に停めていた馬車から杖を持ってきた。
ビアンカには、ただの木の棒に見えた。
なんの装飾もないのだ。
だが、少女が棒を一振りすると、庭に緑の光を放つ紋様が現れた。
「クロノスよ 汝に逆らうことを許されよ」
「炎は消え、星は沈み、花は閉じる……」
「甦れ、ルーセント!」
少女が詠唱を終えると、光がはじけた。
なにもなくなった庭に、男が一人倒れていた。
「ルーセント!」
ビアンカは、死んだはずの恋人――ルーセントに駆け寄った。
――ああ、本当にあなたにまた会えるなんて!
ルーセントは、青い目でビアンカを見た。
「誰だ……?」
ビアンカは、涙を緑色の目からこぼしながら、ルーセントの顔を両手で包んでいた。
「私よ、恋人のビアンカじゃないの!」
「ビアンカ……?」
ルーセントは、今だ戸惑った声音で、残酷な事実をビアンカに伝えた。
「ダメだ……。真っ暗で、なにも見えない!」
「え……?」
ビアンカは、少女を見た。
少女――蘇生魔術師のルーシー・ラングルトンは肩をすくめて、
「だから言っただろ、蘇生した者は必ずなにか一つ失ってるって」
「ウソ……、でも、まさか視力だなんて……」
「じゃあ、お幸せにね。彼にとって幸せかどうかはわからないけど」
そう言って、ルーシーは馬車に乗り込もうとする。
「待って!」
こんなはずじゃなかった。
ビアンカは、目が見えない生き返った恋人と共に、しばらく庭で途方に暮れたのだった。
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