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第四章 後悔
ルーシーはいたって普通の少女だった。真面目な両親がいて、優しい兄がいた。
ただ、誰でも魔法が使えるこの国で、ルーシーはなぜか12歳まで魔法が使えなかった。
馬鹿にされた。いじめられた。
ルーシーはなぜ自分だけが魔法が使えないのか、泣きながら両親に詰め寄った。両親は、困った顔をして、ルーシーを抱きしめるだけだった。
そんなルーシーに兄のセンスはとても優しかった。
5つ離れた兄だったが、ルーシーが泣いているといつでも部屋に招き入れてくれ、こっそりお菓子を与えてくれた。面白い話も、いくつも聞かせてくれた。
ただ、兄はルーシーと違い魔法を使うのが上手く、ルーシーはそこだけ嫉妬していた。
ある夜だった。
ルーシーは物音で目が覚めた。
「お兄ちゃん?」
物音は、兄の部屋からした。
ルーシーは、灯りを持って兄の部屋へ向かった。
鉄のような嫌な臭いがした。
ピチャリ、と素足がなにかの液体を踏んだ。
センスが、血を流して倒れていた。
ルーシーは、悲鳴を上げ、灯りを床に落とした。
それから、いつの間にかルーシーは兄の葬式に出て、いつの間にか兄の墓の前にいた。
両親は嘆き悲しんでいた。
兄が死んだのは強盗の仕業で、軍警が怪しい男を捕まえたという。
ーーお兄ちゃんは、どこにいったんだろ。
ルーシーは、兄の死を理解したくなかった。
食卓のいつもの席は空っぽのままだし、兄の部屋はいつ見ても誰もいないままだ。
ルーシーは、兄がいつか話してくれた、時間の神様の話を思い出していた。そして魔法が上手な兄がいつも使っていた杖を手に取ってみる。
やってみるだけだ。
ただ、少し自分の中で、区切りをつけてみたいだけ。
そう思いながら、ルーシーは頭に浮かんだでたらめな呪文を口にし、杖を振った。
誰もいない部屋に陣が浮かび、緑色の光が弾けた。
閉じた目を開けると、兄がいた。
「お兄ちゃん!」
ルーシーは、歓喜した。
やったのだ。
自分の生まれて初めて使った魔法で、兄は蘇ったのだーー。
しかし、兄は、返事をすることがなかった。
蘇った兄には、心がなかった。
両親は、ルーシーを責めた。
どうしてゆっくり眠らせてあげられなかったのか、と。
どうしてこんな形で蘇生させたのか、と。
一方でルーシーが蘇生魔術を使ったことは軍警の耳に入り、王室にまで知れ渡った。
兄を蘇らせた一ヶ月後には、王室からルーシーに迎えが来た。
要は魔術を教えるから軍隊で蘇生魔術を使えというものだった。
娘を疎ましく思っていた両親は、喜んで娘を差し出したーー。
◯
「……というのが、今から50年前の話さ」
ルーシーは実家で紅茶を飲みながら語り終えた。
「いや待てお前今何歳だ?」
「女性に年齢を聞くなんて無粋だね。……どうせ出歩くなら若い方がいいから不老魔術を昔かけてもらっただけだよ。高かったけどね」
メイドが高そうな焼き菓子をロキシールドの前に置く。このメイドが、現在兄の世話もしているそうである。ルーシーが客から高いカネを取るのは、実家に送っているから、という理由もあった。
現在両親は他界し、心を失ったままのルーシーの兄を、メイドが実家で世話をしているのみである。
ルーシーの兄のセンスは、起きてこそいたものの、初対面のロキシールドが挨拶をしても、虚空を見つめているだけだった。
ーーそれでも、大切な兄なんだろう。
ロキシールドは飲み慣れない紅茶でのどを潤しながら、目の前の少女を見た。
もしかしたら、旅をしているのは、兄からーー、自分の罪から目を背けたいのもあるのかもしれない。
ーー兄が死んだら、コイツどうするんだろうか。
自分より多くの死と向き合ってきた魔術師の心の中など、ロキシールドには推し量ることはできなかった。
「さて、兄ちゃんにも会ったし、戻るとするか」
意外に軽い調子で、ルーシーが立ち上がる。
その後を、影のようにペアゾルが追う。
「戻るってどこに?」
ロキシールドが聞くと、
「戦場だよ」
と、ルーシーはにやりと笑った。
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