月下美人の思いで

1/7
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 客の要望を聞いた生花店「フローリストさかい」の店主酒井律は「うーん」と唸った。 「その花はちょっと」  酒井の前にはテーブルを挟んでひと組の男女が座っている。来月結婚式を挙げると言うカップルだ。花嫁のブーケの依頼での来店だったのだが……酒井を戸惑わせた質問をしたのは女性の方だった。 「月下美人? 聞いたことがあるような……、お酒の名前みたいなですね」  酒井は「はは……」と苦笑する。 「花嫁様の雰囲気にもぴったりのきれいな花なんですが」 「おや、何か問題でも?」 「年に一度満月の夜にだけ咲くという逸話のある花でして、咲くのは夜だけで昼間はしぼんでしまうのです」 「花嫁の持つ花がしぼんでいては縁起が悪いというか、美しいとは言えませんね」 「ええ、ですから月下美人でブーケはお作りできません」  頭を下げてから、女性の顔をチラリと伺うと女性と目があう。俯き加減で少し唇を窄めているが、がっかりしているようには見えなかった。断られることは予想していたのだろう。  女性が何か言うかと待ったものの何も言わないので、ちょっと妙な感じで沈黙になってしまった。 「名前はロマンチックなのに、残念な花だな」 と、男性がため息をつく。沈黙を埋めようとしたのだろう。すると女性がかぶりを振った。 「月下美人は残念な花なんかじゃないわ!」 と言い、すぐ口に手を当てる。突然の激しい口調に酒井と男性は息を呑む。女性は我に帰った様子で「ごめんなさい、つい」と頭を下げた。  ブーケは定番のバラで作ることになり、カップルは店を出る。酒井は店の入り口で二人を見送り「……やれやれ」ぐるぐると肩を回し店内へ戻った。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!