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「うええん。うええええええん。」
いつもの仕事からの帰り道。おそらく夜6時頃のこと。私は、道端にうずくまって泣いている女の子を見つけました。
「うええん。うえええええええん。」
周りを見渡しても、親と思しき人は見当たりませんでした。迷子かな、と思い、声をかけてみることにしました。
「どうしたの?大丈夫?」
「うえええん。お、おかあさん……。」
「もしかして、はぐれちゃったのかな?おじさんが一緒に見つけてあげようか?」
「うえええええん。」
「交番まで一緒に行こうか?歩ける?」
「うえええええええええん。」
話しかけても、泣いているばかりです。とはいえ、無理やり女の子を交番まで連れて行くと、私が不審者と思われてしまいそうです。
さて、どうしようかな、と、肩をすくめて困っていると、
ぐうううう。
と、女の子のお腹が鳴りました。
「ああ……。お腹すいたよう。」
ちょうど女の子がうずくまっていた場所の近くにはコンビニエンスストアがありました。
「お腹、すいたのかい?それじゃあ、あそこのコンビニで何か買ってあげようか。何が食べたい?」
「に、肉まん……。」
「分かった。すぐに買ってくるよ。」
と、私にしては珍しく、女の子に優しさを見せてしまいました。今、考えると、余計な親切心は起こさない方が良いものですね。
「はい、肉まん。温かいうちに食べな。」
「うん、ありがとう……おじさん、優しいね。」
そして女の子はニヤリと笑って、
「そして、私のことが、はっきり見えるんだね。」
と言いました。
この瞬間、やられた、と気がつきました。
私は昔から人には見えないものが見える体質でした。
普段は見えないふりをしてやり過ごしているのですが、女の子がはっきり見えてしまったこと、そしてかわいそうな様子をしていたことから、うっかり関わってしまったのでした。
女の子は、
「じゃあ、いただきます。」
と言って、ふっと姿を消しました。その瞬間、ずんっと肩に何かが乗り移ったような気がしました。
気がつくと、私は手にしていた肉まんを貪り食べていました。
ガツガツ。もぐもぐ。むしゃむしゃ。
女の子の霊が私に乗り移って肉まんを食べていたのです。
すぐに肉まんを食べてしまうと、体の中から、
「ああ、美味しかった……でも、まだお腹が空いてるなあ。これでもなかったのかな。」
という声が聞こえてきました。
「何なんだ、君は。私の体から出ていってくれないか。」
と心の中で唱えると、
「いやだ。私、生きている頃に、どうしても食べたいものがあった気がするんだよね。それを食べるまで、体をかしてほしいな。おじさん、優しいみたいだし。」
「やめてくれ!お祓いに行くぞ!」
と反論すると、
「そんなことしようとすると、こうするよ?」
と言ってきました。すると、首がぎゅうっとしめられた気分がして、息が苦しくなりました。
「分かった、分かった!思う存分、食べて、早く出ていってくれ!」
「うん!ありがとう!満足するまで食べられたら、成仏できると思う!」
こうして、私と彼女の奇妙な生活が始まったのです。
彼女はずっと「お腹が空いた」と唱えていました。そして私たちは色んなものを食べました。和食、中華、洋食、お菓子、ファストフード……。生きている時はよほどお腹が空いていたのか、いつもいつも幸せそうにガツガツと食べていました。ですが、「やっぱり違う」と、首を捻るばかりでした。
初めの頃は、それほど自分に被害がなかったので良かったのですが、貪り食べる姿が怖いとガールフレンドに言われてしまったり、食費がかさんだりと、次第にしんどくなってきました。
「なあ。どんな食べ物だったのか、少しでも思い出せないのか?」
「うーん……。難しいなあ。」
心の中で会話をしながら歩いていると、急に女の子が「あっ!」と声を上げました。
「どうしたんだ?」
「今、すれ違った人、知ってる……!何か思い出せそう!」
そこで、私はすれ違った人を尾行し始めました。その人は30代くらいの女性でした。
「何だっけ、何だっけ……あ!」
「どうした?思い出せそうか?」
「ああ、うわああああああ!」
女の子は叫び出しました。すると、女の子の記憶が私にまで流れ込んできました。
ぐううううう。
ああ、お腹、空いたなあ。お腹が空きすぎて、もう、体を動かす力も出ないよう。部屋の中で、ぼうっとしているしかないよう。まあ、どうせ、冷蔵庫にも戸棚にも、食べるものはないんだけど、ね。
テレビもつかない。水道も出ない。部屋の中は服やゴミが散らかりっぱなし。ああ、お母さん、早く帰ってこないかなあ。今回は本当に、帰ってくるの、遅いなあ。私が悪い子、だからかなあ。
寝転がりながら、近くにあった写真をぼうっと見た。
……ああ、美味しそうだなあ。どういう味がするんだろうなあ。
食べてみたいなあ。
ここで、はっ、と、私は意識が現実に戻ってきました。
気がつくと、尾行していた女性の肩を掴んで引き止めていました。
「な、何ですか?」
女性は怪訝そうな顔をしていました。その顔は、女の子の記憶の中の女性の顔……母親でした。
「……あなた、以前、自分の子どもをネグレクトしていませんでしたか?」
「な、何なの、急に!」
「お母さん、私を忘れちゃったの!?ミカだよ!!」
私に乗り移っている女の子も叫びます。
「子供の名前は、ミカちゃん、じゃないですか?」
そういうと、女性はどきりとした顔をしました。
「何よ……何か証拠でもあるの?」
「女の子の霊があなたに会いたいみたいです。」
「はあっ!?」
「そうだ……食べたいもの、思い出した。」
「ミカちゃん、お母さんに、言いたいこと、言ってごらん。」
心の中で呼びかけると、女の子は私の口を通して話し始めました。
「あのね、私ね、いつもお腹すいてたけどね、我慢してお母さんの写真、見てたんだ……だからね、ずっと、ずっとお母さんのことね。」
舌足らずの口調で話し始めました。
「もうやめて!ミカなんて子ども、知らないんだから!」
女性が叫ぶと、同時に、女の子は言いました。
「お母さんのことね、美味しそうって、思ってたの。」
「……え。」
すると、私は、というか女の子の霊は、女性の顔をガブリと食べ始めました。そこから先は、いつもと同じように、美味しそうに、貪り食べているのを感じました。
「これが、私が、女性を食べてしまった理由です。私が食べようとしたのではないのです。ミカという女の子の霊が、私の体を操っていたのです。」
「なるほど……。」
「でも、もう心配には及びませんよ。女の子の霊は、成仏したみたいですから。」
容疑者から話を聞き終え、警官たちは取り調べ室から外に出た。
「……警部、あの男、どう思います?」
「ううむ……話は到底信じられるものではないが、精神鑑定では問題がないし、これまで被害者と関わった形跡もないのに、被害者の子どもの名前も言い当てているし……。」
「しかも、被害者の子どもをきちんと調べると、確かに不審死しているんですよね。」
「ううむ……どう扱ったものか。」
取調室の中で、容疑者の男は、舌足らずな話し方でこう呟いた。
「ああ、お腹、空いたなあ。」
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